あした
 降り続く雨は気が滅入る。2階の窓から外を見てため息をつく。勉強だって身が入らないし、そろそろ本腰を入れなきゃいけないことくらい判ってはいるけど……
「お兄ちゃん……」
 小さくノックの音がして乃絵美が入ってくる。
「休憩、しない? ジュース入れてきた」
 ロムレットの制服のままでお盆にはグラスが2つ。バナナベースのミックスジュースにはオレンジが効いてさっぱりとした味になっている。
「お、サンキュー」
 ちっともまじめに机に向かってなかったくせに、休憩を促してくれる乃絵美の手前いかにもがんばってました! と体裁を取り繕って大きくのびをする。
「店は? 忙しい?」
「あ、ううん。雨降ってるから全然。お母さんいるし」
 そう言って窓の外に視線を移す。
「雨、やまないな」
「うん、なんか静かだよね」
 雨の音が聞こえてくるだけで、なんだかここだけ世界から隔絶されたような錯覚を覚える。静かな、二人だけの世界。雨音は激しくて窓の外は昼間だというのに夜のような薄闇に包まれている。この閉ざされた空間の心地よさはそのまま俺と乃絵美の関係を表してるみたいだ。
 互いに好きだと気づいていて言い出せない、求めたくて伸ばしかけた腕はそのまま宙で止まる、一歩を踏み出すことさえも許されない関係は、しかし同時にとても居心地のいいものでもあって。
 兄と妹。近づくことはできないけれど、遠く離れることも裏切られることも絶対にない、出口のないそんな関係。
「明日は晴れるかな?」
「……晴れたら、どっか遊びに行くか?」
「ホント?!」
 とたんに嬉しそうな笑顔が浮かぶ。この笑顔を守るためならなんでもできる。自分の中の獣を押さえ込むことだってなんでもない。
「熱がでなければな」
「うっ」
 乃絵美は小さい頃からそうだ。なにか楽しみなイベントがあるたびに熱を出してひとり留守番、ということが多かった。
「で、でもね! ひとりで寝てて、ヤだなー、なんで私だけって思うんだけど……目が覚めたらお兄ちゃんがいるんだよ」
「あぁ、そうだったな」
 乃絵美がひとりで寝てると思うと、遊びに行ってもなんだか気になってすぐに帰ってきてしまっていた。遠足とかも速攻で帰ってた気がする。
「いっつも急いで帰ってきてたな、そういえば。最近少なくなってきてたから忘れてたけど……もしかしてそれで足が速くなったとか?」
 いや、いくらなんでもそれはないだろう、と自分でも思うけど。
「ね、もし明日……」
 乃絵美が明日のことを言い出そうとして……途中で口を噤む。もし晴れたらホントに2人で出掛けられるだろうか、なんて。
「明日、晴れるといいな」
「そうだね」
 約束、は交わされることがない。決して守られることのない約束だと知っているから。決して今以上に近寄ることのできない関係だとお互いに気づいているから。



「早く、明日にならないかな……」
 つぶやいた乃絵美の声は明日が来なければいいのに、と僕には聞こえた。



fin
ちょっと、なんかわかりにくいですか? ここではお互いに気づいているけど口に出せない、みたいな関係の兄妹のつもりでしたがいかがでしょうか。
乃絵美の場合、どっちでもいいなぁというか。彼女の笑顔を守るために自分の性欲(笑)を押し殺してる兄ちゃんも可愛い気がする! もちろん、平気で押し倒す兄ちゃんも好きなんですが。どっちにしろダメだしね、彼は! 乃絵美が可愛いけりゃなんでもありかも(笑)