ハロウィン
 コンコン、とノックの音がして。
「Trick or treat?」
 イタズラっぽい表情を覗かせたのはひとつ(?)年上のリナリー。
「仮装はしないんですか?」
 どうぞ、と中に招き入れながら聞いてみたら。
「だって、顔を隠すなってみんなうるさいんだもん」
「リナリー人気者だから……あ、でもwitchとかは?」
「アレンくん……魔女はアクマの使いでしょ? ダメだよいくらなんでも」
「そっか、そうですよね」
 ハロウィンも最近はお祭り騒ぎでしかないので、ぜんぜんそんなこと意識したこともなかったので、リナリーに言われてアレンは初めてそんな当然のことに気づく。
「すみません」
 ペコリと頭を下げると、リナリーが笑う。
「なんてね、ホントはめんどうなだけよ」
 チラっと舌を出して、そんなことを言うリナリーは凶悪なほどに可愛い。教団の人たちがリナリーをアイドル扱いするのもしかたないと思う。もっともコムイのシスコンぶりをおもしろがってるだけってところもあるとは思うんだけど。
「で、アレンくんはなにかハロウィンの用意とかしてるわけ?」
「まぁ、一応……」
 アレンがポケットからマジックみたいにしてロリポップやマシュマロを取り出してみせるとリナリーはパチパチと手を叩いて喜んでいる。
「すごーい、アレンくんてそういうこともできるんだ」
「大道芸のたぐいは叩き込まれましたから」
 アレンがトホホ、と肩を落とすとリナリーがポンポンと慰めてくれる。
「でも、アレンくんてここじゃ最年少なのよね。アレンくんがイタズラしてまわんなきゃいけないんじゃない?」
「え、そう……ですか?」
 考えてみれば確かにtrick or treatなんて子供がするんだから……子供がいないここではやっぱりそれって最年少のアレンがやるべき……なのか?
「一緒に廻る?」
 みんなのところを廻っておやつをせしめてこよう! と笑うリナリーに、ニコッと笑い返す。
「そうですよね、おやつ用意してない人にはおもいきりイタズラしちゃえ!」
 二人で一緒にどんなイタズラをしようかと相談しながらまずはイタズラしやすいラビの部屋に行く。
「Trick or treat?」
「お、なになに? ハロウィン? おやつ欲しいのか?」
「なんか……それちょっとムカつくんですけど」
「そーか?」
 頭の上に置かれたラビの手は絶対にわざとに違いない。子供だってバカにしてるんだ。よしよし、と撫でるのでアレンは思い切り手を払ってやる。
「イタズラしてもいい?」
 ふふふ、とリナリーが微笑むとラビがちょっとだけ怯んだ。
「や、それは勘弁……」
 これで許して、と部屋の中からあめ玉を1つ持ってくる。
「えー、あめ1つだけ、ですか?」
 アレンがそんなことないよね、という期待を込めて見上げたらラビは苦笑してそれしか残ってないと言う。
「んー。じゃアレンくんの分ね、私はイタズラしちゃおっかな
 ガックリとラビが肩を落とす。もうリナリーのイタズラは避けられないみたいだ。ラビがこんな反応をするなんて一体どんなイタズラをするんだろうと思ったら。
「アレンくん、ラビを掴まえててね」
「え?」
「ホラ、こうやって」
 後ろからラビを羽交い締めするみたいな格好にされる。
「ちゃんと掴まえててね♪」
 ニコニコと機嫌よさげにリナリーが言うと、ラビが諦めきったような声を出す。
「ちゃんと掴まえてろだとよ、アレン」
「はい、すみません」
 ちょっとだけアレンが力を入れると、リナリーがラビに近寄って、両腕を伸ばす。愛しい者に触れるように頬に手が添えられたかと思ったら……
「いひゃい」
 ラビの頬が思い切り伸ばされている。
「あら、ラビのホッペタは堅いわ。楽しくない」
「ううー」
「じゃ、仕方ないわね、ラビ覚悟はいい?」
「い、いつでもどうぞ」
 観念したのかラビが思い切り目をつぶると、リナリーがその脇腹を擽り始めた。
「あ? っく、ぎゃ……や、やめっ……ぎゃはははは」
 あとはもうラビの狂い笑いが響くのみだ。アレンは、気の毒に……とラビに半分同情した。
 リナリーはもう一度ニッコリと笑ってハァハァハァと荒い息を整えているラビに言う。
「来年は忘れないでね♪」
「ぜってぇ忘れねぇ!」
 悲壮な表情でそう宣言するラビの部屋を後にして、次々とTrick or Treatの襲撃を掛ける。アレンだけなら絶対避けてしまいそうな人のところにまで行った。神田がしっかりカボチャのタルトなんか用意していたのにはびっくりだ。きっとラビみたいに去年リナリーにイタズラされたに違いないとアレンはひとり納得する。
「最後はコムイ兄さんかしらね?」
「でも、忙しいんじゃ?」
「ふふ、この時間なら平気よ、きっと」
 リナリーの勘というのもすごいと思う。コムイに関してははずれたことがない。あれだけ不規則な生活をしていていつ寝ているんだかわからないくらいなのに、寝てる、とかボーっとしてる、とかがなんで「たぶん」で判るんだろう。
「けっこう集まりましたね」
「そうね。でもコムイ兄さんのところはすごいわよ?」
「……すごい?って……どういう意味で、ですか?」
 ちょっと怖い考えになりそうだ。
「そうね、とりあえず、Treatを選んでくれると思うんだけど……ま、見てのお楽しみね」
 いったいどんな意味のすごい、なのかが気になる。だって、いつものコムイだって充分にすごいと思うから。いろんな意味でね、とアレンは心の中で付け加える。
 コンコン、と執務室の扉をノックするとすぐに中から開く。
「Trick or treat?」
「リナリー、待ってたよ〜」
 コムイはそこでハ、とアレンの存在に気づいたらしく一瞬固まる。
「えーと、リナリー、アレンと一緒に来たのかな?」
「ダメ?」
 可愛く首を傾げるリナリーに、とんでもない、とコムイが大げさに言う。
「ちょっとだけ、待ってくれるかな?」
 扉がもう一度目の前で閉まると、中から慌ただしげな気配が伝わってくる。
「ふふ、今頃慌てて準備してるわよ」
 リナリーの笑顔は凶悪だ、と思う。ものすごく可愛くて、どうやったって逆らったりなんかできそうにない。
「お待たせ」
 しばらくしてもう一度、重そうな扉が開く。招き入れられていつものごった返した部屋に入ると、アレンはまず目を疑った。資料の山積みが雪崩を起こして足の踏み場もなくなにがどこに隠れているのか判らないような部屋が……
「カボチャが……資料がカボチャになっちゃったんですか?」
 あまりの驚きにそんなバカなことを言ってしまったことを、口から出た途端に後悔したけれど。
「アレンくん、いくらなんでもそれはあり得ないよ」
 コムイがため息混じりに言ってまるで哀れな者を見るような視線をアレンに投げる。
「いや、あの……」
「ハロウィンと言えばカボチャだろう?」
 それはそうなんだけど……この大量のジャックオランタンを作る労力の半分でも仕事に向ければもっと睡眠時間だって確保できるんじゃないかと思ってしまうのはボクが間違っているんだろうか……とアレンは心の中で呟いてしまう。
「さぁ座って座って。いたずらっこにごちそうさせておくれ」
 いつも資料に埋もれた巨大な執務机の上に、今はテーブルクロスが掛けられてその中央にはカボチャを配したよくわからないオブジェが飾られている。
 3人が席に着くと間もなくノックの音が響いて調理場からの料理が運び込まれる。
「……」
 言葉をなくすアレンにリナリーが微笑みかける。
「ハロウィンとクリスマスは特別だって兄さんが……」
「でも、みんながこんなことやってたら調理場大変なんじゃ?」
「クリスマスはみんなでパーティだし、ハロウィンは兄さんくらいしかここまでしないでしょ?」
 た、確かに。アレンは妙に感心して次々と運び込まれる豪華な料理を眺めている。
「アレンが一緒だと量が増えるからね、慌てちゃったよ」
 先刻急いで追加を頼んだから大丈夫だよ、とコムイも笑う。ニコニコと食事を始めるリナリーに、アレンもオズオズと手を伸ばす。
「美味しい〜」
 いつなにを頼んでも食堂で作ってもらう料理は全て美味しかったが、これはまた特別だ。手の込んだパーティー料理に幸せな気分が広がっていく。コムイの最初の応対から見て今までは兄妹ふたりでこのパーティーをやっていたんだろう。
「なんか、いいですよね、こういうの」
「うん?」
 ジャックオランタンから怪しげな光が漏れる。テーブルの上には山積みのごちそう。昔からの友のように家族のように出迎えてくれる仲間。
「リナリーとコムイさんは兄妹ですごく仲がよくて、うらやましいです」
「ああ、でも今はもうアレンも仲間だろう?」
「そうだよ。アレンくんがいないと淋しいもん」
 リナリーのセリフにコムイがギョッとして振り返る。
「……リナリー」
 コムイはすでに涙目だ。今のリナリーのセリフなんて特に何を言ったわけでもないのにコムイは大げさで敏感だと思う。
「え? 兄さんは違うの? アレンくんが危ない目にあっても平気?」
「や、そう言う訳じゃないが……」
 あからさまにホッとした表情のコムイにアレンは苦笑するしかない。
「危険な任務だし、いつもみんなが無事に戻ってきてくれればいいと思いながら送り出しているよ」
「わかります」
 会話をしながらも食事はすすみ、気がつくとあんなにたくさんあったテーブルの上の料理もほとんど残っていない。
「あ、じゃあお礼に……」
 リナリーが最初に部屋に来た時に出して見せたマシュマロやキャンディーチョコレートを両手いっぱいに出してみせる。
「まるで魔法みたいだね」
 しばらくびっくりして固まった後でコムイが言うとアレンは微笑んでコムイの前にお菓子を差し出す。
「この手の大道芸は、仕込まれましたから」
 誰に、とは言わないけど。
「じゃ、そろそろ行こうか」
 リナリーがアレンに声を掛ける。
「あ、うん」
 いつまでも忙しいコムイを拘束するわけにはいかない。リナリーの手前元気そうにしているけれど、きっともう何日も寝ていないに違いない。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま、兄さん」
 リナリーがコムイの頬に軽くキスをする。
「アレンくんも、ありがと」
 振り返りざま、リナリーの唇がアレンの頬にぶつかる。
「!」
「……」
 驚愕に言葉もないコムイと、一瞬何が起こったかわからないアレンと。
「り、リナリー〜、兄さんは許しませんよ〜!」
 コムイの情けない声が響いたのはリナリーに腕を取られたアレンが執務室を後にしてからだ。重厚な扉の外まで響いてきた声にアレンはそっとため息をつく。なんでリナリーはあんなことをしたのか。
「……リナリー……」
「ん?」
「ハロウィンはtrick or treatですよ、andじゃないです」
「でも、楽しかったでしょ?」
 クスクスと小悪魔の笑い声が耳を擽る。



 万聖節、全ての魔が眠りにつく時。目を覚ますものは何?



fin
なんかまたしてもわけわかんないた話になってしまったわ〜(×_×)
リナリーちゃんとアレンくんが連れ立って本部内を練り歩く……のはとても可愛いと思うんだけど(笑) どのくらいお菓子をゲットできたんでしょうね。リナリーのためにみんながっつり用意していると見た! なのに今回はアレンくんもいるからみんなクソーって思ってるのよ(笑)