たとえばこんな胸の痛み
「ホントに兄妹仲いいですよねぇ」
 前にリナリーが教団に連れてこられた頃の話を聞いたけれど、それでもやっぱ りこの二人の絆というのはすごいと思うのだ。妹のために教団に来た兄もすごい けど、さらに室長にまでなってしまうというのがコムイのとんでもなさだと思う 。あの風貌とあのあからさまなシスコンぶりでとてもそうは見えないがものすご く優秀なんだろう。全然全くそうは見えないけど……とアレンは心の中で付け加 える。
「んー、やっぱりそう見えるかい?」
 仲がいい、と言われたのがうれしいのか、コムイはニコニコとしている。別に 褒めた訳じゃないのにな、と思ってアレンは内心苦笑してしまう。最近なんだか 心の中での独り言が増えた気がする。
「ボクは兄弟とかいないからよく判らないけど、ちょっとうらやましいかな」
「うんうん。リナリーみたいな可愛い妹がいるのがとっっっっっーーってもうら やましいのは良く判る」
 いや、そこまでは……とは口には出せない。
「でもあんなに可愛いだろ? やっぱり心配も尽きないんだよ」
 どこでどんな馬の骨やら虫やらが目をつけるか知れないからね! とコムイが アレンの肩に掛けた手に力が入る。
「あ、あははははは」
 それってボクのことも含まれるのかなぁ? 含まれるんだろうなぁと少し遠い 目をしてしまうアレンだ。
「ま、前にリナリーにコムイさんが教団の科学班に来てただいまって言ってくれ たから救われたって聞いたけど……」
「……ああ、あの時ね」
 一瞬コムイの表情に暗い影がよぎる。きっとリナリーを無理矢理連れ去られた ことや、当時の諸々に対する憤りなんだろう。実際コムイが室長になってずいぶ ん色々なことが改善されたと聞いている。
「二人きりの兄妹だったからね。リナリーをあんな風に強制的に連れて行かれる のは我慢ならなかった。とは言え当時は私も子供で引き留める術もなかったんだ が」
「でも、だからってその後すぐに教団に入団するって……すごく努力したんでし ょう?」
「ん? まぁ私は天才だからね」
 ふふふ、と鼻高々に笑っているコムイは全然天才には見えないけれども。それ でもリナリーを取り戻すために彼が払った努力は凄まじかっただろうと思うのだ 。でもだからってちょっとリナリーと仲良く話してたら邪魔しようとしたりする のはちっとも理解できないけども! そのくせなにかの任務の時にはリナリーを 組ませるのはアレンになることが多い。きっと年下ってことでコムイの中では安 全牌扱いなんだろう、比較的ってだけのことかも知れないが。
「リナリーがコムイ兄さんコムイ兄さんって言うの、判る気がするなぁ」
「ん? そうかい? リナリーがアレンくんに私の話をするのかな?」
「……ええ、まぁ」
 コムイがパッとうれしそうな表情になる。これは、リナリーが自分を眼中に入 れてないってことだと判断されたんだな……とアレンは遠い目になる。
「そうかそうか。リナリーがねぇ」
 リナリーに褒められていたことがよほど嬉しいのかうっとりと自分の世界に浸 っているコムイをそっとしておいてアレンはその場を後にした。
「うーん、それにしても」
 リナリーが可愛いのは判るけど、あの執着ぶりはなんだろう……それとも妹っ ていうのはそういうものなんだろうか。自分には妹も弟も兄も姉もいたことがな いのでよくわからない。けど。でも確かにリナリーが結婚してどこか自分の知ら ない遠いところに行ってしまったりしたら……と考えると思考が真っ白になる。
「あ……なんかキリキリする、かも」
 胃のあたりを抑えるとポン、と肩を叩かれた。
「どうしたの? お腹壊した?」
 顔色悪いわよ、と当のリナリーが微笑んでいる。
「大丈夫です、よ」
「そう? アレンくんもねぇ、溜め込むタイプだから」
 言われてもピンとこない。ので曖昧に微笑んでいたら。
「無理に笑わなくてもいいんだよ? 家庭なんだから」
「うーん、無理してるつもりはないんだけど……」
 そんなとこがアレンくんだよね、と頭を撫でられる。まるで子供扱いだ。
「自覚なくても溜まってくから。爆発しちゃう前にちゃんと吐き出してくれない とね。アレンくんは爆発も大きいから」
「うー」
 どうもリナリーには頭が上がらない。前にみっともないところを見られちゃっ たせいかも知れないし、絶対に助けてみせると言って泣いた、その涙を見たから かも知れない。それとももっと前、教団の門をくぐった時に神田とのやりとりの 時にパコンと叩かれた、あの時から?
「あ、ところでリナリーはなんでここに?」
「ん? 食堂に行くところなんだけど……アレンくんも一緒にランチにする?」
 それともお腹いたい? ともう一度覗き込まれると。
「そう言えばお腹ペコペコです」
 リナリーはふふ、と笑ってアレンの手を取って歩き出す。きっとリナリーが目 の前からいなくなるなんて耐えられない。もしかしてコムイもこんな気持ちなん だろうか。ボクもリナリーを家族みたいに思ってるってこと、なのかな? そう 思いながら胸の真ん中がなんとなく冷たい気がするのは何故だろう。教団に入っ て、家なんだよ、と言われた時には胸が熱くなったはずなのに。



 自分でももてあましてしまう不可思議な感情をアレンが自覚するのはまだもう 少し先の話。



fin
コムイはアレンくんをお気に入りだと思うんだけど、アレンくんってやっぱり苛められキャラだよねぇってことで。
コムイの「好き」ってなんかわかりやすくて好きだなぁ。彼のいろんな努力は人に見えないところでやってる感じが格好いいと思う。コムイの場合決して「天才」ではないと思うんだよね。もちろん天与の才もあるんだろうけど、それ以上に彼の払った努力があるんじゃないかと……