そんなこともあるかもね
「なぁなぁ、アレン」
「なんですか?」
 ラビが背中にのしかかると、アレンの耳を隠している白髪を持ち上げるように して小声でささやく。なにか企んでいますって感じがビシバシと伝わってきてア レンはため息をつく。
「この前、街に行った時に仕入れてきたからお前にやるよ」
 ニシシ、と嗤いながら紙包みを手渡される。受け取ると、そのまま肩を抱くよ うにしてアレンの部屋まで連行される。連れられていったのが自分の部屋だった ので特に意識もせずに押されるままについてきてしまったわけだが。
「ま、開けてみ♪」
「……」
 イヤな予感はしたが、開けないことには始まらない。薄っぺらな紙包みから、 中に入っているのは資料か本か紙のたぐいだと想像は出来る。
「!」
 開けて中を取りだして。そのまま固まってしまったアレンの手からバサッと包 みごと本が床に落ちる。
「ククク」
 あからさまにアレンの反応を楽しんでいるラビを睨み付けると、嗤いは引っ込 めないままにラビがアレンの足下に落ちた本を拾い上げる。
「免疫なかったか?」
「……ていうか、予想してなかったからびっくりしただけです」
 ムキになって言うがラビはニヤニヤ嗤いを納めようとはしない。
「こんなこと言いたくないんですけど……師匠の女の人たちはボクのこと子供扱 いでしたから」
「ああ、まぁそりゃな」
 クロス元帥の愛人ならアレンはアウト・オブ・眼中だろう。
「だから女性には免疫ないってことか?」
「いや、だから……彼女たちわりとボクの前できちんと服を着てなくても平気だ ったんですよね」
 はぁ、とため息をつく。
「え?」
 今度はびっくりするのはラビの方だ。パチパチと瞬く。
「服着てないって……」
「ええまぁ、着てないわけじゃないですけど、きちんとしてないっていうか…… そんな感じで」
「う、うらやましい奴め」
 ラビが詳しく話して欲しそうな目をしているのに、アレンはさらにため息を深 くする。女性の半裸に免疫がないわけではないが、反対に憧れももてないのだ。 年相応の好奇心とは懸け離れているだろう自覚もある。
「まるっきり邪魔者ですよ? ボク」
「……」
 ラビはすでに自分の妄想の世界に飛んでいるらしい。ハァ、とまたひとつため 息をついたところで部屋の扉がノックされる。
「はい?」
「アレンくん、ちょっといい?」
 扉が開いて入ってきたのはリナリー。どうぞ、と招き入れようとしたところで 先刻ラビから手渡されたエロ本の類をまだ手にしていたことに気づいて慌てて左 手を背後に隠した。
「アレンくん左手どうかしたの?」
「え? いや、別にどうもしないですよ」
 どうもしない、と言っている割にはあからさまに動揺して視線も泳ぎまくって いる。
「なんか、あやしいなぁ」
 実のところアレンが後ろ手に何か隠したことまではリナリーにも見て取れてい る。アレンは嘘が苦手らしい。にもかかわらずギャンブルでいかさまが得意だっ たりするのはラビから聞いた。アレンが黒い……と青ざめながら話してくれたの だがリナリーには今ひとつピンと来ない。
「で、な、なな何か用ですか?」
「あ、うん。コムイ兄さんが呼んでたから……ラビどうしちゃったの?」
 言いながらリナリーがうっとりと宙を見つめたままのラビに近づく。
「あっ!」
「あら」
 ラビに近づきながらアレンの手からパッと例のピンク雑誌を取り上げたわけだ が。
「こ、これは……その」
 慌てて取り戻そうとした時にはすでに遅くリナリーはパラパラとめくってみて いる。
「ふーん」
「えっ……と、あの」
 怒られた子犬みたいに顔を伏せて上目遣いにリナリーの表情を伺ってくるアレ ンを見てリナリーは吹き出してしまう。
「ラビの趣味よね、こういうタイプ」
「え、あっ」
「アレンくんのじゃないでしょ? これ?」
 リナリーが言うとホッとしたように何度も頷いている。
「ま、男の子だし興味を持つなとは言えないけど」
 肩をすくめるリナリーにアレンはビックリしたように顔を上げる。
「や、こういうのボク好きじゃないし! ラビが勝手に!」
 必死に言い募るアレンを可愛いと思ってしまうのだから、自分も甘いなぁとリ ナリーは苦笑する。
「ともかく、兄さんが待ってるから、行こう?」
「や、あのリナリー、ボクホントに……」
 部屋を出て廊下を歩きながらもまだいいわけを続けようとするアレンは、リナ リーが最初から怒ってもいないことに気づいていない。
「うん。大丈夫だよ、アレンくんのじゃないのはすぐ判るし。怒ってもいないよ ?」
「……え? 怒ってない?」
 キョトンとしたアレンにリナリーは苦笑して、怒ってないと繰り返す。
「で、あれがラビのタイプだって言うのは判るんだけど、アレンくんのタイプっ てそう言えば聞いたことないよね?」
 アレンの顔を覗き込むようにして言うリナリーの表情はいたずらっぽく笑って いる。
「た、タイプって……そういうリナリーこそどうなんですか?」
 少し口調が怒ったようになってしまったのは照れ隠しかも知れない。
「え、私?」
 切り返されると思わなかったのか、少しびっくりした顔をして。それから少し 考え込むようにする。
「うーん。あんまり考えたことなかったかも」
「やっぱりコムイさんみたいな感じが?」
「え? 兄さんは兄さんでしょ? 恋人にまであんな風にされたらたまらないか も」
 執着しすぎるタイプはリナリー的には×ってことか、とアレンは心のメモに書 き込むことにする。
「じゃあ、リーバーさんみたいな感じとか?」
「んー」
 好きではあるけど、恋愛感情にはならないかなぁと呟く。何人も挙げていって は、その都度リナリーに否定される。
「それって結局全然わかんないんですけど……」
 ガックリと肩を落とすと、リナリーはクスクスと笑う。
「そうねぇ、たとえばミステリアスなところがある方がいいかも」
「ミステリアス?」
「少し影があるくらいがいいのかもね。母性本能をくすぐられる感じ」
 ……うむむ、とアレンは唸っている。
「一生懸命なにかを思い詰めてるのとかも、ちょっと可哀想で見ていられないと 思うんだけど、でも見ないではいられないっていうか」
「それって……」
 うん? とリナリーがニッコリと微笑む。
「それってもしかして……神田?」
「神田……え? 神田 」
 全然想定していなかった人物の名前がアレンの口から出てきてリナリーはビッ クリしてしまう。
「だって、それ全部満たしてるのって神田しか思い浮かばないし……」
「神田、ねぇ? ちょっと違うと思うんだけど」
 リナリーの思っている神田像とアレンの思っている神田像はどうやら少し違う らしい。
「でも他にそんな人います?」
 もしかして自分がまだ知らないだけかも知れないと思ってアレンは聞いてみる 。がリナリーは意味深に微笑んでいるだけで応えようとはしてくれない。
「とりあえず、ラビにはああいうものアレンくんに見せないように言って置かな きゃ!」
「……見ないですよ」
 悄然とするアレンにリナリーはもう一度クスッと笑う。
「で、アレンくんのタイプ、まだ聞いてないんだけどなぁ」
 なんて言われても、アレンには応えることが出来ない。ただ、ラビの持ち込ん だ成人誌を自分のだと誤解されないで良かった、と思うくらいで。
「そう言えば……ラビあのまま放ってきたけど」
 良かったのかな? とちょっとだけ思ったけれど、もしリナリーに誤解されて いたらと思うと(その可能性だって十二分にあったのだし)もっとちゃんと制裁 を加えておくべきだったかも、なんて思ってしまう。
「ほら、司令室に着くわよ?」
「あ……と。リナリーも一緒ですか?」
「そうみたい」
 肩をすくめる。一緒に話を聞く、イコールペアでの任務というわけではないの だが、それでもなんとなくそうなるような気がする。
 コンコン、堅い木の扉をノックして一拍おいてから扉を開く。
「失礼します」
「ああ、待っていたよ」
 柔和な表情をたたえていることの多い室長が今ばかりは沈痛な表情をしている 。
「さっそくだが……」



 アレンがリナリーの言葉の意味を理解するのはまだ当分先の話である。



fin
ラビのいたずら心なわけですが(笑)あの年頃の男の子だし、エロ本差し入れは 基本よね、と思うんですがいかがでしょうか? ←って聞かれても!
でもまぁリナリーちゃんは動揺したりしないかな。そのくらいじゃ。かえって見 られたアレンくんの方が動揺しまくりそうだと。