花 火
「はやく、はやくぅ!」
 ミャーコが嬌声をあげる。
「ちょっと、待てってば」

「もぉ、もう少しゆっくり歩いてよォ」
「だってだってェ、もう花火はじまっちゃうよ〜〜〜ん」

 いつものメンバーで花火を見に川原まで出てきたが、人混みの中で乃絵美だけが遅れがちになる。うまく人を避けて歩けないようで、しょっちゅう人にぶつかっては頭を下げている。

「大丈夫か、乃絵美」
 ホラ、と正樹が手を差し出す。
「ごめんね、お兄ちゃん」

 乃絵美が遠慮がちに手を伸ばす。
 もうすでに2人は一行からかなり遅れていて、正樹の視線の先にかろうじて菜織の頭が見え隠れしている。その前を歩くミャーコや冴子は影すら見えない。

 ドォ──────ン
「あっ」
 ポ、ポポポポォン
「お兄ちゃん、見て見て

 夜空に大輪の花が広がる。
「きれいねぇ」
「ああ……あっっ」
 正樹の大声に乃絵美がビックリして身を引く。

「ど、どうしたの?」
「やべェ、菜織たち、見失っちゃったよ」
「この人混みの中じゃ、見つけるのはムリだろうなァ」

 どうしよう? と乃絵美が少し不安そうに首をかしげる。
「ま、せっかくだから、テキトーに花火見てこうぜ」

 浴衣の裾を少し気にしながら、乃絵美は兄に手を引かれて急ぎ気味に歩く。

「ほら、こっち」
 正樹が土手の斜面に2人並んで腰掛けられる小さな空間を見つける。雑草の上にGパンでドカッと座る。

 ちょっと困ったように立っている乃絵美を見て、正樹はああ、と一人ごちる。

「これでいい?」
 ポケットから大判のハンカチをだして草の上に広げる。

「ありがとう、お兄ちゃん」
「ほら、ここからだと良く見えるだろ?」
 空を仰ぐと、ほとんど遮るモノのない夜空に花火が次々とあがっている。

「ほんと、来てみて良かったね」
 例年は菜織のうちの境内から街を見下ろせるので、多少木々に遮られるが、けっこういいロケーションで花火大会を見ていたのだが。

「やっぱり、近いと迫力もちがうね」
 うっとりと、空を見上げながら乃絵美が言葉をつなぐ。

「ほんと、キレイ」
「ああ、キレイだ」
 乃絵美が正樹の言葉に振り返る。

 正樹が見ているのは、夜空ではない。
 乃絵美はつないだままの手を意識して赤面する。

「乃絵美が、一番、キレイだよ」
 くちづけ。
 花火が2人の横顔を照らし出す。

「お兄ちゃん……」
「乃絵美……」
 つないだ手から、重なったくちびるから、互いの不安が伝わってくる。兄妹という消せない刻印。歩き出してしまった恋という名の心の高鳴り。

 ヒュ────
 ドドォ────ン
「……あ」
「……うん」
 そっと身を起こす。

 兄と、妹。言葉にしてはならない恋心を抱いて、2人夜空を見上げる。少しばかりの風が煙を空のかなたに運び去る。

 菊、しだれ桜、職人の腕のみせどころとばかりに豪華な花火が夜空に飛び交う。

 きっと、大丈夫。
 つないだ手が、そう言っている。
「お兄ちゃん?」
「大好き

 いつまでも、お兄ちゃんは、乃絵美のお兄ちゃんだよ、と心の中でつぶやいた。