真 実
 朝のホームルーム。連絡事項の確認くらいしかやることがなくて、時間を持て余してしまう。
「じゃ、これで終わりにしましょうか」
 教室を後にしようとして、ふと思い出す。委員長。
「そうだ、委員長、岡野さん、ちょっといいかしら?」
「はい?」
 突然呼び止められてビックリしたみたい。 急ぎ足で私のところまで来て、視線が少し下を向いているのは人の顔をジッと見るのが苦手なのかしら。
「ちょっと確認したいことがあるの、放課後に化学準備室に来てもらえるかしら?」
 疑問形はとったけど、たぶん、断ったり出来る性格じゃないわね、と十分承知の上で言っている。
 物静かな感じのおとなしい子。肩にかかるくらいのボブも柔らかい印象を与えている。
「あ、はい。わかりました」
「じゃあ、お願いね
『ふふ、まさに愛玩用って感じだわ♪』
 うきうきした気分で放課後になるのを待つ。
『あ、でも準備もしておかなくちゃね』
 空き時間を利用してみむらは前任の残した資料に目を通すことにする。
…………
『素行も成績も特に問題のないクラス、か』
 パラパラとファイルをめくっていく。
『優等生な委員長、ね』
 みむらは口の端に笑みを浮かべる。



 コンコン
 ノックの音に、みむらは顔を上げる。
「どうぞ」
 声を掛けると一拍遅れてドアが開く。
「失礼します」
 一礼して入ってきたのは、もちろん岡野真実。
 化学準備室は化学室の奥にある細長い空間で、壁いっぱいの棚は書籍や薬品類で埋まっている。あとは、書類でいっぱいの小さな机があるくらいだ。
「岡野さん、待っていたわ」
 みむらはいったん席を立つと、机のそばにパイプ椅子を持ってくる。
「座って」
「あ、はい」
 部屋の両端にある窓は開け放たれている。中庭を通った風が窓から窓へ通り抜けていく。
「えーと」
 自分も真実の前に座ると、先ほどまで見ていた資料にまた目を落とす。
「前任の先生から聞いてることの補足をしておきたいのよ。クラスのこととか、教えてくれる?」
 緊張しないでね、と微笑む。
「クラスの役員とかは、これでいいのかしら?」
 資料のページをめくって真実に見せるように広げる。
「えっと」
 表になったそれに指を這わせて確かめる。
「あってると思います」
「ふーん、図書委員は……」
「あっ違います!」
 真実はあわてて手を顔の前で振る。
「違う?」
「昨日のは、中村さん、当番じゃなかったし」
 ああ、そういうことね、みむらはひとりごちた。
「あの時はたまたま……」
 明らかに居心地が悪げな真実に、みむらも軌道修正に入る。
「えっと……」
 資料をめくる。
「前任の先生は課題とかはどうしてた?」
 真実は首を傾げる。
「化学の、ですか?」
 そうよ、と言うようにみむらは軽く頷く。
「課題とかは、なかったです。小テストとかもありませんでした」
「期末のみ?」
「ええ」
『一応、成績表とかもあるけれど、これはちょっとあてにならないかも知れないわね』
 みむらはおもむろに席を立つ。
「ちょっと風が出てきたわね」
 窓を半分閉めると真実の背後に立つ。
 軽く肩に手をやると、ビクッと跳ねる。
「私の見る限り、クラスの雰囲気も良好って感じかしら?」
「そ、そうですね」
 俯いてしまっているので、表情はよく見えない。どもっているのは緊張のせいだろう。
 みむらはスルリと体をすべらせて、真実の正面に回る。
 椅子に体を預けるところまで一連の動作は流れのようにスムーズだ。
「岡野さんは、よく図書館にいるの?」
「え?」
 急に切り替わった話題に一瞬顔を上げる。
「あ、はい。本、好きなので」
「そう」
 みむらはにっこりと微笑んでみせる。
「じゃあ、またなにかあったら色々教えてね
 今日はありがとう、とファイルをパタンと閉じる。
 それを合図に真実も立ち上がる。
「じゃあ、失礼します」
 その場で一礼して、ドアのところでまたこちらを振り向いて一礼する。
「失礼します」
 静かにドアが閉まるのを見送ると、みむらはひとり、微笑む。
「これから、楽しくなりそうだわ」



 翌日、みむらは放課後になるまでうきうきした気分で待った。
 計画はこう。
 図書室に行って、しばらく様子を見る。昨日の感触は決して悪くはない。向こうはこちらのことを気にしている。
 うまく立ち回りさえすれば可愛いペットが手に入るのだ。
 放課後になるのを待って、仕事を済ませると図書室に向かう。
 入り口で貸し出しカウンターを見てみたが真実の姿はない。
 さらに奥にある、ガラス張りの司書室に司書と図書委員らしい学生が2人くらいお茶を飲んでいるようだ。
 静かな空間に、1人、2人……ノートとテキストを広げている者がいるくらいでほとんど無人と言っていい。
 書架の方に足を運んでみる。
 壁づたいに歩くと林立する書架に隠れて司書室やカウンター、机の並んでいるところとは隔離された印象を受ける。
 目的の人物を見つけたみむらは、そっと近寄る。
見ていると棚の高いところに手を伸ばしているが、ようやく指の端が本に触れるかどうか、と言った感じでとうてい自身でとれるとは思えない。
「はい」
「これでしょ?」
 真実の背後から手を伸ばしてスッと本を抜き取ると差し出した。
「あっ」
 後ろからみむらが近づいていたことに全く気付いていなかったらしい真実はしどろもどろになっている。
「この本でいいのかしら?」
「あ、あ、ありがとう、ございます」
 赤面した真実の手の中に収まった本に目を落とす。
「こういうのを読むのね」
 分類としては児童文学だろうか? それともファンタジーになるのだろうか?
 悪い魔法使いにかけられた魔法を解いてもらうためにもうひとりの怖い魔法使いの元を訪ねることになった少女と、その魔法使いの恋物語。要約してしまえばそんなところだ。
『そういえば、家にもこの手の本は山のようにあったわね』
「この人の本、たしかうちにも何冊かあったわね」
「えっ?」
 真実が見上げてくる。幾分目が輝いているのは気のせいではないだろう。
「明日持ってきてあげましょうか?」
 少し考えて、こう言ってみる。
「いいんですか?」
「もちろんよ」
「じゃあ、また明日ね」
 真実の視線を背中に感じながらサッサとその場を後にする。
 いったん職員室に戻って翌日のスケジュールなどを確認してから帰宅する。家に持ち帰らなければいけないものもある。各クラスのテキストの進行具合も頭に入れなければいけない。
『小テストでもして習熟度を確認した方がよさそうね』
 そんなことを考えながら歩いていると、
『あら?』
 玄関のところで見覚えのある後ろ姿に声を掛ける。
「岡野さん!」
「高橋先生」
「今帰りなの?」
「ええ」
「おうちはどのあたり?」
「えーと、◎◎です」
「あら、案外近くなのね」
 言うと、顔を上げる。
「私は○×なのよ」
「本当。近いですね」
 静かに微笑んでいる。
 駅で1つ分、車だと5分程度の距離だ。
「ねぇ、どうせなら、今から取りにいらっしゃいよ」
「?」
 私の言葉がとっさにつながらなかったらしい。?マークを顔に貼り付けている。
「さっきの本よ
「あ、でも」
 喜色を浮かべながら、まだとまどいもあるといった表情。
「どの本を読んでないか、本人が確かめるのが一番いいわ」
 ね? と笑うと、真実は小さく「お邪魔じゃなければ」と軽く俯く。
「じゃあ、決まり」
 みむらは真実の背中を押すようにして駐車場まで連れて行く。
「さ、乗って乗って」
「本当にいいんですか?」
「いいわよ♪」
 2人で乗り込むと、大きなエンジン音と共に発車する。
 カーステレオの音が支配する閉鎖空間では、無理に話題を見つける必要もない。
 いったんシートに体を預けた後は、真実も静かに流れていく風景に視線をやっている。
 しばらくして○○はマンションの地下駐車場に滑り込む。
「ここよ」
 エレベーターで一気に7階まで上がる。
 みむらのヒールがコンクリートにカツカツと響く。
「入って
 真実の背中を扉の中に押し込む。
「どうぞ」
 本棚はこっちよ、とリビングの奥にある部屋を指す。
「適当に見ててね」
 言い残してみむらはキッチンに行ってしまう。
 残された真実は、戸惑いながら、目の前の本棚に目を奪われてしまう。
 壁を覆うくらいに背の高い本棚がズラリと並んでいる。チラっと見ただけで、ジャンルごとに細かく整理されているのが判る。
「すごい
 わ、こんなにたくさんあるんだわ! 真実は心の中で驚嘆の声を上げる。
 振り返るが、みむらは消えたままで。
「いいかしら?」
 見ていいって先生、言ってたわよね。
 そっと手を伸ばしてみる。
 ちょうど視線の高さにある1冊を手に取ってみる。
「いいかも……」
 図書室には本はもちろんたくさんあるが、多ジャンルの本がまんべんなく置いてあるので、特定ジャンルの本の品揃えがいいわけでは決してない。
 そう思って見てみると、この本棚の半分くらいは真実と好みが一致する。
「すごーい
 こんなに揃ってるの、初めて見たわ。
 ハードカバーで高い本も多く、そうそう自分で揃えられないことを考えると、ここは理想とも言えるかも知れない。
「岡野さん」
 リビングの方からみむらの声。
「はーい」
「おうちに電話した方がいいかしら?」
「あ、でも、すぐ帰りますから」
 リビングに戻ると、みむらはローテーブルに食事を並べている最中だ。
「あら、食事2人分用意してしまったのよ」
「え、でも……」
 いきなり先生の家に来て、食事まで食べて行けと言われても、戸惑うしかない。
「都合が悪かった?」
「そういうわけでは……」
「1人の食事は味気ないのよ、一緒してくれるとうれしいわ」
 ね、食べていって? と微笑まれると真実に断る術はない。
 電話をして戻ってくると、小さなローテーブルの上はすっかり準備が出来ていた。
「大丈夫だった?」
「はい。でも本当にご迷惑じゃないですか?」
「ふふ、食事は人と一緒の方が美味しくていいわ♪」
 1人暮らしのリビングには、2人掛けのソファが1つあるだけで。
 みむらは真実の肩を押してソファに座らせると、スッとその横に腰を下ろす。
 さ、いただきましょ♪ グラスを手に取る。
「岡野さんは軽いジュースね」
「いただきます」
 グラスの縁を重ねるとチンと澄んだ音がした。
 チキンの香草焼きに温野菜を添えて。タマネギのスープとごはん。それにトマトのサラダ。
「本はどうだったかしら? 読みたいの、ありそう?」
「はいっ、あの、すごく充実してて……」
「適当に持っていっていいわよ」
「ありがとうございます!」
「あの、すごく、うれしい、です」
 だんだん小声になっていくのは、人とコミュニケーションをとるのが苦手だからかしら?
 食事が進むにつれて真実の頬に朱が射してくる。
『そろそろアルコールが回ってきたかしら?』
 軽いジュース、と言いながら実はけっこうなアルコール度数があるものを選んだ。
 口当たりがいいのでつい飲み過ぎてしまうたぐいのものだ。
「岡野さん」
 肩に手を回す。真実の目がすこし眠そうに瞬きを繰り返すだけで特に反応はない。
 右手に少し力を加えて抱き寄せてみる。
 力の抜けた体はあっさりとみむらの腕の中に凭れかかる。
 うっすらと紅くなった顔に、潤んだ瞳が妙に艶めかしい。
 視線があうと、真実の瞳が泳ぐように揺れる。まっすぐに人と視線をあわせることに照れととまどいがあるのかも知れない。
「岡野さん」
 みむらは、もう一度真実の名を呼ぶと、覆い被さるようにして唇を奪う。
 柔らかい接触に真実が体を固くする。
『ふふ、可愛い
 チロ
 唇を舐める。差し出した舌で歯列をなぞろうとした時。
「いやっ」
 ドンッ
「きゃっ」
 我に返った真実がみむらを突き飛ばして。
「いって」
 頭をふりながら立ち上がったのは……
「あっあっ……」
 震えながら立ちつくしている真実。
「嫌ァーーっ」
 突然金切り声を上げた女の子にとまどいの表情をかくせないでいるのは。
「やっちゃったよ、トホホ」
 走り去っていく真実の後ろ姿をぼんやりと見送る。
『いったい、みむらの奴は何をやったんだ、何を?』
 どこかにぶつけたらしい頭の痛みと、逃げ出していった女の子。
『想像は……つくけど。したくないな〜』
 心の中でぶつぶつとつぶやく。
「みむらの奴がよからぬことをしたに決まってる」
『で、突き飛ばされて眼鏡が外れた……ってところか?』
 そう、高橋みむらは眼鏡を外すと直という男に変身してしまう。この場合、眼鏡をすると女になってしまう、の方が正しいのか?
 いわゆる多重人格のようなものだが、体まで変わってしまうのは一体どうゆう理屈か。
「ともかく……」
 落ち着いて考えてみる。
「制服を着ていたってことは……」
 ◎◎学園の学生と考えるのが妥当だよな。
『てことは、明日もみむらが逢うってことか……』
 そこまで考えて、直は一気にトホホな気分になるのを止められない。



「おはよう」
「おはようございまーす」
 室内を見渡す。欠席はない。が。あからさまにみむらの視線を避ける女の子が約1名。
『はぁ。ちょっと、失敗しちゃったかしらね』
 朝起きて、机の上のコルクボードの確認をして軽くため息をついた。
 直らしい几帳面な文字で書かれた言葉は。
『女の子は悲鳴をあげて逃げて行った。ちゃんとフォローしておくこと』
 直が、見えない目で思い切り机に顔を近づけて書き置きをしている姿を想像してつい苦笑してしまう。
 ちょっと、性急すぎたかしら、ね。
 みむらの視線から逃げるように顔を逸らすが、だからと言って嫌悪している、とかそういう感じではない。
 戸惑っている。
 それが一番的を射た表現だろう。
『さぁ、どうやって呼び出そうかしら?』
 こんなにあからさまに避けられてしまってはね。
『やっぱり放課後まで待った方がいいかしら?』



 さて、と。
 とりあえず、図書室に行ってみようかしら。
 昨日の今日で、来ていないことも考えられなくはなかったが、それでもなんとなく予感がしたのかも知れない。
 奥まったところにある机に向かっている真実を見つけた時には正直ドキドキした。
 窓からの陽を背中に浴びて、逆光のため下を向いた表情はわからない。
 背中を軽く叩く。
「岡野さん」
 文字通り、飛び上がる。
「ごめんなさい、驚かせちゃったわね」
 首を振ってみせるが、それでも視線をあわせようとはしない。
「驚いて当然だと思うけど……」
 みむらは声を潜ませる。
「昨日の説明をさせて欲しいの」
「あの」
「ここじゃ話しにくいわ」
 準備室で待ってるわ、みむらはそれだけ言うとサッと踵を返す。
「あの……」
 真実の声が追いかけてくるのを聞こえないふりをして図書室を後にする。
 廊下の窓から中庭を見下ろしながら歩く。
 秋の空は高く澄んで、緑の中を吹き抜けてくる風も心地よい。
『もしかして……』
 一瞬考えるように窓の外に視線をやったが、すぐにその表情は緩む。
『まぁ大丈夫でしょう♪』



「どうしよう」
 もう消えてしまったみむらの姿を目で追いながらつぶやく。
「だって……」
『先生、昨日のことを話すって言ってた』
『昨日……』
 思わず先生を突き飛ばしてしまった。自分でもビックリするくらいの力が出た。
『……知らない男の人、だった』
 あれは、先生じゃ、なかった。
 そこで思考が止まってしまう。
 ゆうべからそうだった。何が起こったのか考えようとしたけれど。
 そこまで来ると頭の中が真っ白になって、思考出来なくなる。
「大丈夫?」
 頭の上から声が降ってきて、顔を上げる。
「あなた、真っ青よ?」
 横からのぞき込む司書の先生の眉根が心配そうに寄せられている。
「だ、いじょうぶです」
「そう? 保健室に行かなくて平気?」
「そろそろ、帰りますから」
「お大事にね」
 司書の先生に軽く頭を下げて図書室を出る。
『少し頭の整理をしておいた方がいいかしら?』
 図書室からまっすぐに廊下を突っ切れば理科室になる。それまでに少しでも落ち着いておかなくちゃ、と真実は思う。
 ゆっくりと足を運ぶ。
『昨日のことって……やっぱりあのことかしら?』
『見間違いじゃない……と思うけど』
 そこまで来て、つい足が止まってしまう。
『でも、そんなことって……』
 頭を軽く振って、再度歩を進める。
『いくら考えてもわからないなら、先生に聞くしかないわ』
 ふぅ
 ドアの前に立って深呼吸をしてみる。
 ノックしようとして、手が止まる。
『やだ、手、震えてる』
 コンコン
「はーい」
 中からみむらの声が聞こえて、真実はホッと息をつく。
 先刻図書室で声を掛けられた時にはとても緊張したのに、今はみむらの声を聞いてなぜかホッとした。
「失礼します」
 声を掛けて、ドアを開ける。



 カチャッ
 ドアが開いて、真実が入ってくる。
「待っていたわ」
 みむらは、真実に椅子を勧めると、正面から向かい合う。
「色々、聞きたいこともあると思うけど」
 みむらは豊かな胸の下で腕を組む。その仕草は胸の大きさを嫌でも強調して、真実はドキマギする。
「とりあえず、説明させてくれるかしら?」
 一拍おいて頷いた真実は心なしか顔色が良くなっている気がする。
「信じられないような話かも知れないけれど」
 そう前置きして、みむらは話し始める。
「私が、別人に変わってしまうのは、昨日岡野さんが見たとおりなんだけど……」
「原因はわからないの。気がついた時にはそうなっていたわ」
 さっと真実の顔色が変わる。
「ただ、変身するのは、眼鏡をしていない時が男、直(すなお)って言うんだけど。で眼鏡をしている時が私、みむらよ」
「だから、昨日はよろけた拍子に眼鏡が外れてしまったのね、びっくりさせてごめんなさい?」
 みむらは、真実の表情を観察しながら、言葉を紡いでいく。
『やっぱり。この子、直=男が怖いんだわ』
「たぶん、多重人格とかと似たようなものだと思うんだけど」
「体まで男と女で変わってしまうのは、なぜだかわからないわ」
 変身する理由がわからないのは、本当のことだ。
 直の視力が下がって眼鏡をつけるようになったのがたぶん、高校生くらいの時。
 当時すでに1人暮らしをしていたから、こんな特殊体質は家族だって知らないはずだ。
「それで、化学を専攻したんだけど。治すことができないかと思って……」
『とりあえず、ウソではないわ。何を指して“治す”と言うかは別だけれど』
『それよりは知的好奇心の方が大きいかしらね♪』
 心の中だけで不穏当な発言をしながら、みむらは説明を続ける。
「直とわたしは、いわば共存関係ね」
 そこでいったん言葉を切る。
 真実は視線を伏せたまま、なにか考えているような表情で。
「ここまでは、判ったかしら?」
 突然相づちを求められて真実はビックリして顔を上げる。バチッと間近で視線があって、あわてて目を逸らす。
「な、なんとなく」
「いいわ。ここからが本題よ」
 みむらは右手でそっと真実のほほに触れる。
 ビクッと体が固くなったのを見逃さない。
「昨日……」
 そっと静かな口調でみむらが言う。
「え?」
 声にはならないほどの小さな空気の振動。
「昨日、岡野さんにキスしたのはね」
 言いながら少しずつみむらの顔は真実のそれに近づいていく。
「岡野さんのことが好きだからよ」
 言い終わった時には2人は3センチと離れていないところで見つめ合う形になっている。
「女同士は、いや?」
「あ、あの……」
 振り切って逃げようとすれば出来ないわけじゃない。しかし、真実にそれは出来ない、そうみむらは思っている。
 なんとならば、それは昨日の再現につながるからだ。
 真実の手が、背後に助けを求めるように宙を踊る。
「私は、岡野さんが好きよ
 言った瞬間には口づけていた。
 椅子から転げ落ちてしまわないように、みむらの手はしっかり真実の首と背中を固定している。
 柔らかい唇の感触を十分に愉しんでから舌をさしだす。
 唇を舌でなぞるとそれまで抵抗するに出来ない、と言った感じで力が入っていた体がフニャリと柔らかくなる。
『ふふ、可愛い子
「昨日の続きがしたいわ」
 トロンとなった真実に言う。
「本も置いていってしまったでしょう」
 うちに来るわね? 抱きしめたままで耳元に囁く。首筋を撫で上げると、真実はブルブルと震えた。
 抱き上げるようにして立たせるが、足に力が入らない。
「あら、本当に立てないの?」
 苦笑混じりにみむらが言うと、真実は恥ずかしさから真っ赤になっている。
 みむらが支えながら、なんとか並んで歩いていく。
「見るからに具合悪そうなのも、こんな時は都合がいいわね♪」
 なんとか車の助手席に真実を座らせると、みむらはそう微笑んだ。
「家が近いから送っていくって口実になるわ」
 淫蕩な笑みに、真実は真っ赤な顔をさらに紅くした。
 みむらの部屋につくと、真実は制服のままトサリとベッドに転がされる。
 その上に被さるようにしながら、みむらがそっと胸に手をやる。
「真実……そう呼んでいいわね?」
 コクン。小さく頷く真実のほほに手をすべらせる。
「可愛い子
 深く口づけると、真実の吐息が漏れた。
「あ……」
 口腔内を探りながら、セーラーに手を掛ける。
「んっ」
「や……」
 羞恥心からかみむらの手をどけようとするのを押さえ込んで、頭の上で1つにまとめてしまう。
「眼鏡が外れたら困ってしまうわ」
 眉根を寄せて言うと、ビクンっと真実の体が硬直する。
『ふふふ』
 真実がおとなしくなったのをいいことに、みむらの行為はエスカレートしていく。
 セーラー服ははだけられ、白い胸が上下しているのが見える。ブラジャーはおとなしい白。
『いきなり脱がせて、羞恥心から我に返られても困るわね』
 みむらは手順を頭の中でシミュレートしていく。
 前をはだけた真実の上から、覆い被さるようにしてディープキスを繰り返す。
 歯列をなぞると、耐えきれないように声が漏れる。
「んぁっ」
 手は、先刻みむらが頭上でまとめた時のまま、拘束されているわけでもないのにシーツに押しつけるようにしている。
 真実の口の中を思い切り堪能してからみむらはゆっくりと体を下方にずらしていく。
 首筋に唇を這わせると、真実の口から間断なく甘い声が漏れてくる。
「ふっく……あぁん」
 そろりと舌を伸ばすと、ほのかに甘味がある気がする。
「ふふ、可愛い声♪」
「イヤっ」
 みむらの言葉は真実の羞恥心をいや増す。
 ブラジャーに包まれた胸をそっと揉みほぐす。やわらかく撫でさするような愛撫に、身をよじるのはくすぐったいからだろうか?
 スカートに手を掛けると、あわてたように身を起こそうとする。
「ダメよ。着たままじゃ、制服がしわになってしまうわ」
 理屈にならない理屈を口にして、みむらは真実の肩をトンと押し戻す。
 スカートも足から抜き取られてしまうと、下着だけの姿をみむらの視線に晒していることになる。
 恥ずかしそうにモジモジする真実をみむらは満足そうに見下ろす。
 ツツッとお腹に指をすべらせる。白い肌が揺れる。
「ふぁ……あ」
 そのままツツツ、と下に下がっていく。白い綿パンティの縁にかかったところで止まる。
 手のひらでお尻を包むように柔らかく揉んでみる。
「真実……躰が熱くなってるわ」
 感じてるのね、と瞼にキスする。
「せん、せ……」
 恥ずかしい、と伝えようとしても、次の瞬間にはみむらはもっと恥ずかしいことをしかけるので、真実は翻弄されてしまう。
 太ももの上を撫でていた手がスルッと腿を割って、真実のもっとも恥ずかしい場所に差し込まれる。
「あっ」
 あわてたように声を出す真実の口を口で塞いで、みむらはかまわず手を進める。
 中心部に指がかかる。5本の指を総動員してパンティの上から体の凹凸を探る。
 反対の手で、肩ひもをずらして乳房を空気に曝すと頂点の可愛い突起を指先で軽くひねる。
「んんっ」
 困ったように眉根を寄せてまなじりに涙さえ溜めている様子は、それだけでみむらを興奮させる。
『いいわ、本当に、なんて可愛いのかしら
「どうかしら、気持ちいい?」
 淫猥な響きに、真実は思わず目を開けて。
 クチュッ
「あぁ……ん」
 みむらの指が布をかき分けて直接真実の密園に触れる。
「真実は、感じやすいのね」
「もうこんなに濡れてるわ」
 思わず漏れてしまったつぶやきとも、真実に聞かせるためにわざと口に出しているとも、どっちともとれるような小さなささやき。
 ヌルヌルと泉の表面をかき回す。
「は、ぁ……」
 真実の息はすでにかなり荒くなっていて、自分でもそれが恥ずかしいのか、必死で息を我慢している。
「真実、もっといい声を聞かせて?」
 泉の少し上にある突起に指をすべらせると、真実の体が電流でも流れたようにのけぞる。
「ヤッ……あぁっ」
「いや?」
 指を敏感な突起の上で停止させると、みむらは真実の顔をのぞき込んだ。
「ホントにイヤなの? ここでやめる?」
 むろん、意地悪な質問であることは判っている。本気で嫌がっているわけではないのだ。
「あっ」
 フルフルと小さく、しかしはっきりと首を横に振る。
「続けて欲しいのね?」
 一瞬の逡巡の後今度は縦に首が振られる。
「ふふ、可愛い仔猫ちゃん♪」
 浮かし気味にしていた指をそっと押しつける。クチュッといやらしい音がした。
 丸く押しつぶすようにして捏ねると、薄い筋肉がピクピクと痙攣するように動く。
「っく……んんっっ」
『そろそろいいかしら?』
 火のついた官能に水を注さないよう、そっとブラジャーを腕から引き抜く。同時に舌を伸ばして先端を掠める。
「あぁん」
 甘えるような声に、みむらは気をよくすると、乳房のすそ野から頂点まで舐めあげる。
 そよぐように揺れる舌先に煽られるように真実の声がだんだんと切なげになっていく。『うふ、ん』
 みむらは真実のパンティに手を掛けるとクルクルと丸めて一気にお尻からはぎ取ってしまう。
「あ……」
 これで全裸に剥かれてしまったことに真実自身気付いたかどうか。
 密壺から蕾まで撫で上げるようにくすぐると、真っ赤になった顔をよじる。そのたびに素直な髪の毛がくねるように流れる。
「気持ちいいのね?」
「あふっ」
 ヌルヌルと愛液を滴らせる泉は尽きることがない。
「すごく濡れてるわ」
 みむらの言葉責めに、フルフルと首を振ってみせるのはせめてもの抵抗だろうか。
「真実は、イヤらしいのね」
 うふふ、とみむらが笑いを漏らす。
「さあ、イカせてあげるわ」
 ヌルヌルと表面を撫でさすっていたのを、もっとも敏感な突起にねらいを定めて押し込むように捏ねたり、弾いたり、優しく爪を立てたりしてみる。
 同時に乳首を口に含むと尖った先端に軽く歯を立て、舌でそよがせて一気に真実を悦楽の頂上に追い上げる。
「はぁ、はぁ」
「あぅっ、あっあっ!」
「ああーーーーーっっっ」
 一際大きな声を上げて、絶頂を迎えた真実を、みむらは優しく抱きしめた。
「……」
「?」
「……あの……」
「どうかして?」
 みむらの胸に抱かれて、裸のままの真実は真っ赤な顔を伏せている。
「……その」
 恥ずかしくて、顔もあげられない。
「ふ……」
「ふ?」
「ふ、ふく……を……」
 みむらには着衣に乱れすらないのに、その胸に抱きかかえられた自分だけが全裸のままでいることに限りない羞恥を覚える。
 しかも、なんだかとんでもないことまで口走ってしまったような気がする。
「服? ああ、そうね」
 寒かった? 言ってみむらは真実の服を拾い集める。
「あら、これはダメね」
 下着は愛液でグッショリと湿っている。
 それを見て、さらに真実の顔が朱に染まる。
「ふふ、いいわ。これをあげる」
 新品だから大丈夫よ、とみむらが差し出したのは、普段の真実からは信じられないくらいに布地の少ない、大人っぽいデザインのショーツで。
「あ、あの……」
「これしかないのよ」
 ごめんなさいね、というみむらの顔は、しかしどう見ても楽しくて仕方ないと言っている。
「さぁ、あんまり遅くならないうちに送っていかなくちゃね」
「あ、はい」
 あわてて、差し出された服を身につける。
「真実、私の可愛い仔猫ちゃん
 頭のてっぺんにキスを降らせる。
「今日は忘れないで本も持って行ってね?」
 ウィンクすると、さっと頬をピンクに染めてコクンと頷いた。



「今日は、みんなの実力を見せてもらおうと思って」
 みむらは教壇に立ってにっこりと笑った。
「えー!」
 すかさずブーイングが起こる。
「あら、判ってるのね。じゃあ話は早いわ。テキストを仕舞ってね♪」
「机の上には鉛筆と消しゴムだけよ」
 ぶつぶつと言いながらもガタガタとクラス中がみむらの指示に従う。
「配るわよ。合図するまで問題は伏せておいてね」
 前列に数枚ずつ配る。後ろまでまわりきった頃を見計らって声を掛ける。
「準備はいい?」
「頭の方がまだでーす♪」
「お前のはいつまでたっても無理だっつの」
 クラス内に笑いが巻き起こる。
「じゃ、始めるわよ」
 時計の針を読む。
「はい、始め」
 一斉に問題用紙を裏返す紙の擦れる音と、鉛筆を運ぶ音がする。
 全員が視線を下にやったのを確認すると、みむらはゆっくりと教室内を見渡した。
 ビクッ
 あわてて視線を机に戻す少女に、みむらは笑みを浮かべる。
『ふふふ、今日はどうやって遊んであげようかしら?』
 静かな教室内をみむらの靴音だけが響く。
 ゆっくりとした足取りで時折立ち止まって机の上をのぞくようにしながら見回る。
 みむら以外の全員が机の上のテストに集中している。
 白衣のポケットから小さな紙片を取り出すと、机の間を歩きながら真実に視線をやる。
 机の端に置かれた消しゴムに手を引っかけて落としたのは偶然ではない。
「あら、ごめんなさい?」
 真実の肩に手を掛けて、落とした消しゴムを拾うためにしゃがむ。
「はい」
 消しゴムと一緒に小さく折り畳んだ紙片を手渡しながら、真実の耳元に囁く。
「放課後、図書館で」
「あ……」
 とっさに言葉が出てこない。どころかのぼせたように紅くなってしまう。
『昨日は可愛かったわよ
 みむらの、整った文字で、紙片にはそう書かれていた。
 そのままグルリとクラスを一周するとみむらは教壇には戻らず、窓の下に椅子を引き寄せて腰掛ける。
 少し離れたところに座っているみむらが、2階の窓から見えるのは抜けるように青い空ばかりで。
 時折チラチラと真実がこちらに視線を送っているのは気がついている。
 そのたびに、長い脚を組み替えるように見せつけると、サッと俯いてしまう。
 時計に目を落とす。
『そろそろかな?』
「あと5分よー。チャイムが鳴ったら鉛筆を置いて、後ろから答案を集めてね」
 みむらの声に、緊迫感がクラスに走る。すでに諦めてボーッとしている子たちも何人かいるようだ。
 キーンコーン
「はい、終わり」
 みむらはパンパンと手を叩くとテストの終了を合図する。
「言っておくけど、他のクラスは問題変えるわよ」
「どーいう意味だよー」
 あちこちでブツブツと文句が言われるが、みむらに気にした風はない。
 学生なんてテスト問題を教えあったりするのは当然のことだろう。自分にも覚えがある。
「はいはい。今日はここまで。お疲れさま」
 ヒラヒラと手を振って2-5を後にする。
 休憩時間に入って、ざわつきだした廊下をみむらは颯爽と歩く。
 淫蕩な妄想をしていることは誰も知らない。



 みむらが図書室に行くと真実はもう来ていた。奥の書架で本の背表紙を見ているが、気がそぞろなのは見て取れる。
『うふふ』
「岡野さん」
 声を掛けるとビクッと文字通り飛び上がった。
「ふふ、可愛い子
「あ……」
「よく顔を見せて♪」
 あごを持ち上げて間近に見下ろす。
 口づけると緊張に力が入る。
 かまわず舌を入れる。
 肩を押し返そうとするが、腰を抱かれていては力は入らない。
 ここは書架が乱立していてちょうどどこからも死角になっている。
 ジャンルも理工系でそうそう人が来る場所ではないことは事前に調査済みである。
 まず軽く歯列をなぞる。思い切り仰向かせて自然と口が開き気味になるのをすかさず中に躍り込む。
 縮こまった舌を絡め取る。
「あぅ」
「声を出すと人が来るわよ?」
 静かな図書室じゃ、声は響くわよね? と脅してあげる。
「そんな……」
「ふふふ」
 サッとスカートの中に手を差し入れる。パンティの舟底はしっとりと湿っている。
「ここは正直ね」
 指で引っ掻くようにして刺激すると見る見る体から力が抜けていく。
「先に帰っているわ。後から来なさい」
 キュッと下着ごと突起を摘む。
「うっ」
「お返事は?」
「は……い、先生」
 向こうから足音が近づいてくる。
「じゃあ、気をつけて帰りなさい」
「さ、さようなら」
 そのまま図書室を後にして、いったん職員室によると、急いで帰宅した。



 ピンポーン
 みむらは扉を開けると真実を中に引き入れる。
「待っていたわ」
 抱き寄せると軽く口づける。
 ポッと真実の頬がピンクに染まる。
 そのまま肩を抱くようにして寝室に連れて行く。
 ベッドの淵に並んで腰掛けてのディープキス。背中から回した左手で服の上から胸をまさぐっている。
「真実、私とこういうことをするのは好き?」
 5センチと離れない距離で瞳をのぞき込んでそんなことを聞いてみる。
 コクンと頷いて、でも……と綴る。
「でも……女同士で……こんなこと」
 罪悪感のようなものも感じているということか。
「そうね。でも私は真実が好きよ」
 スルリと内腿に手を伸ばす。
「あ……」
「ふふ、とっても可愛いわ
「でも……」
 言って真実を押し倒す。
 スカーフを抜きとると、すばやく真実の手をひとまとめにしてしまう。
 伸縮しない生地は決して痛いほどきつく結ばれているわけではないが、引っ張ってもほどけたり緩んだりもしない、絶妙な縛り方だ。
「や……これ?」
「女同士でやるのがいけないことだと思ってるんなら、直にも慣れてもらわないとね」
 みむらは淫蕩な笑みを浮かべる。
「男性恐怖症の仔猫ちゃん、直と私と2人で可愛がってあげるわ
 柔らかいベッドの上で、腰掛けた格好のまま倒れているので脚だけが床に落ちている。
 みむらはベッドから滑り降りると、真実の脚の間に体を入れる。
 スカートをまくり上げる。
「いやらしい格好だわ♪」
 楽しげなみむらのせりふに、真実は一体これからどうなってしまうんだろう? と不安と期待に胸を大きく上下させる。
 綿の下着は簡単に脚から取り去られる。
 ヴィーナスの丘を薄い繊毛が飾っている。
「ふっ」
 息を吹きかけるとピクンと脚が跳ね上がる。
 親指をツプッと突き刺してみる。すでに濡れそぼっているそこはなんなく侵入を許してくれる。
「あ……ん」
「うっ」
 ギュッと真実の脚が持ち上がったのは、みむらがいきなりクリトリスをきつく吸い上げたからだ。
「ここが感じるんでしょう?」
 ふふ、と笑いながら舌をそよがせる。唇でついばみ、舌先で転がし、きつく舐めあげ、軽く歯を立てる。
「あっあっ」
「……ふぁっ、ぅっく」
「んんーーっ」
 みむらの舌技に若い性は簡単に翻弄されてしまう。
「はぁはぁ」
 真実は、荒い息をついて淫楽の波に飲み込まれないように唱えている。
『このままじゃ、わたしどうなってしまうの?』
 自分がみむらの手によってどんどん淫らにされていくのが怖かった。
「?」
 薄く目を開けると、みむらは自分を見下ろして笑っている。
「ふふ、真実ったら腰が動いてるわよ。いやらしい子
「うそ……」
 急に刺激が遠のく。
「もっと、腰を突きだしてごらんなさい」
 みむらの舌が伸びて軽くちょんと触れたかと思うと、また遠のいてしまう。
「自分で動かすのよ」
 できるでしょ? とその目は笑っている。
「そんな……」
『そんなこと、出来るわけないわ』
 真実の瞳が揺れる。
「どうしたの? 舐めて欲しいんでしょ?」
「おねだりしないとあげないわよ?」
 指が入り口付近を彷徨っている。決して強い刺激ではない。ユルユルと撫で回しているだけだ。
「こんなのって……」
 こんなところで放り出されるなんて……と眦に涙さえ浮かんでくる。
「さぁ」
 チュッと軽く吸い上げられる。
「あぁ……」
 離されていく唇と舌を追い求めるように腰がゆっくりと上がっていく。
「そうよ。いい子ね」
 伸ばしていた舌を引っ込めて、代わりに手のひらで押し包む。
「そろそろ変わるわよ。直にもちゃんとおねだりするのよ」
 いいわね……と言うが早いか、みむらは眼鏡を外してしまう。
「あ……」
 瞬きするほどの時間。みむらの輪郭がぼやけて……そして。
「あっ」
 一瞬自分の置かれている状況の把握ができない。
「うわっ」
 直はあわてて体を真実から離す。
「ごめん、またやっちゃった?」
 情けない声が出た。今度はこの前よりも“その場”な感じだ。
「あっ、眼鏡、眼鏡……」
 あわてて眼鏡を探すが、視界はぼんやりしていて捜し物は見つからない。
「す、なお、さん……」
 スムーズとは言えないが、それでも声が出たことに内心真実は驚いていた。
「おね、がい……」
「え?」
「あの……」
『怖く……ないかも知れない』
 自分よりも、もっと慌てふためいている直を見ていると不思議と落ち着いてきた。
「あの……」
 それでもその言葉を口にするのには抵抗がある。
「ああっ、ごめんっ!」
 直は慌てて立ち上がる。
『みむらになるより、まずこの子から離れてあげなくちゃ』
 踵を返した直に、真実はびっくりする。
「待って!」
「待って……その……続きを」
 直の脚が止まる。
「つ、続きを……い、イカせ……て」
 最後の方は聞こえないほどに小さな声になってしまったけれど。
「え?」
 直が振り向く。
 距離にして1メートルと少し。直には肌色の固まりにしか見えないが、ぼんやりとぼやけた輪郭は女性らしい丸みを帯びている。
『こんなこと、女の子に言わせるなんて……チクショーみむらの奴〜!』
 きっとめちゃくちゃ恥ずかしいに違いない。
「おねが、い」
 語尾は震えている。
『うっ、そりゃ、オレだって……』
「本当に? みむらじゃなくていいの?」
 視線を外しながら、それでも体だけは真実の方を向いて直が言う。
 コクン。真実が頷く。
「は、い」
『しかし、なんだってみむらはこういう場面でオレを巻き込むかな〜』
 眉間にしわが寄ってしまう。
「イヤだったら言ってね」
 手を縛ったスカーフを少し苦労して解く。
「顔は、見えない方がいいでしょ?」
 言って優しく真実を横向けにさせると、後ろからそっと抱きしめる。
『とりあえず、イカせてあげないと、苦しいよね?』
 胸の突起に軽く触れただけで体中がビクンと弓なりに反り返る。
『みーむーらー!』
 直の中にみむらへの怒りと、真実への同情が渦巻く。
「ふっ……く」
 そっと股間に手を伸ばす。繊毛をかき分けて濡れた秘園へ指を這わせる。
「うっ……んん」
『うわっ、すごいよ』
 濡れた指がクチャクチャと淫猥な音を立てる。
「あぁん」
『絡みついてくる……』
 なるべく体を密着させないようにしながら真実を頂点へ向かわせるのは、並大抵の努力じゃない。
『うっ、ボクって……我ながら……』
 トホホな気分になりながら、それでも据え膳♪とばかりに彼女を抱く気にはなれない。
「ああーーーっ」
 真実の身体が小さく痙攣して、それから弛緩する。
 中に潜り込んだ指を締め付けてくる。ビクビクと波打つそれが間遠になるのを待って、そっと引き抜く。
「あの、ね」
「……はい?」
「ボクとしては、こういういきなり手を出したりするのは……」
 ムニャムニャと言葉を濁す。
 真実も真っ赤になって俯いている。
「あ、そうだ。ホラ」
 努めて明るく言った直の言葉に、真実も少し顔を上げる。
「今度は、だから、普通のデートをするっていうのは、どう?」
 真実から、男性恐怖症を直で克服しなさいとみむらに言われたことを聞いた。
「なにも、Hじゃなくても……」
『そりゃ、真実ちゃんがH大好きって言うんなら別だけど、どう見てもそんなんじゃないよね』
「……いいんですか?」
「君がイヤじゃなければ、ね」
 にっこりと笑った真実を見て、直はみむらの人を見る目だけは確かなんだよな、と心の中で苦笑する。



「直さん、直さん」
「んー」
 眉間にしわを寄せて声の主を捜す。雑踏の中でこの視力で人を1人特定するのは至難の業だ。
「こっちですよ」
 横から腕を取られた。
「あ、良かった」
「本当に見えないんですね」
 クスクスと笑う真実は、ごく普通の少女だ。
「0.1ないからね」
 ため息混じりに言うと、自然に腕を取ってくれる。
「不思議。なんか直さんとは自然に話せてる気がします」
 どうですか? と視線で問われて、直は笑いかける。
「明るい太陽の下だからじゃないかな?」
「でも……図書館は室内ですよ?」
 キョトンとされて、直は照れ笑いでごまかす。
「あの部屋の大量の本は、先生のなんですか?」
「え? 大部分はボクのだよ。みむらのは、学術書が多いかな」
「あの、児童文学とかも直さん?」
「ああ、あれね。祖母が本好きな人だったからね。彼女の影響かな?」
 静かな図書館で隣り合って机に座りながら、静かに話をする。
「私も児童文学は好きなんです
「実はそれで、先生にも声を掛けられたの」
「え?」
『それって、ボクを出汁にしてナンパしたってこと?』
 複雑な表情をする直を真実が笑う。
「なんか、図書館とか本屋さんって落ち着きますよね」
 本に囲まれてると時間を忘れる、と真実が言う。
 本当にその通りで、直は真実との出会いがあんなだったのが悔やまれる。
『もっと違う出会いだってあったはずなのに……』
 それとも、これはこれで良かったのだろうか?
 図書室の一角で互いに違う本を開きながら、直は本に集中できない自分を感じていた。


 静かな音楽が流れる。
「あれ、もうこんな時間」
 閉館の音楽だ。
「たいへん、遅くなっちゃう」
 2人して慌てて閲覧していた本を元に戻し、貸し出しの手続きに行く。
 外に出た時にはすでにあたりは真っ暗で。
「でも、楽しかったです
「それは良かった。こういうのもいいでしょ?」
「ええ ホントに」
「じゃあ、今度また誘っていいかな?」
「え?」
 赤面した表情は、街灯の明かりでは見えないが、明るい声の調子に否はない。
「もし、よければ」
「……あの、うれしい、です」
 軽くついばむようなキスをして、別れる。
 玄関のドアを開けて中には入る真実を見送ってから直は家路に着いた。



 ピンポーン
「うわっ」
 直は慌てていた。
「と、とりあえず……」
 玄関に走る。
「こんにちわ。どうしたんですか? 慌てて」
 そこまで言って、真実は首を傾げる。なにか、違和感がある。
「……眼鏡!!」
 指さされて、直はコクンと頷く。
「そうなんだ」
 ひとまず真実をリビングに通して、熱い紅茶を淹れる。
 自分は、テーブルを挟んで床に直接座り込む。
「実は今日はみむらに君とデートさせようと思って」
 自分がもくろんでいた計画を話す。
 真実は、最初みむらとつきあっていたわけで、成り行きから何度かデートをした。
 その前にあんなこともやってしまっているわけだけど、それはこの際置いておいていいと思う。
 みむらとも、そういう関係抜きの話をしてもいいんじゃないか、と思ったわけだ。
 それで、真実がどちらを選ぶか、または選ばないか、はまた別の話。
「ところが」
 こんなことは初めてなんだけど、と前置きしてから。
「眼鏡を掛けても、みむらにならなくて……」
 何度も試してみたけど、ボクはボクのままで。眼鏡を掛けた視界はくっきりとして、なんだか非常に不安定な気分にさせられる。
「先生は、おとついまでで終わりだけど……元の職場に戻るって、先生おっしゃってなかったですか?」
「そう。実は昨日からなんだ。みむらにならないのは」
 口元に軽く手を当てて真実は動揺を隠そうとする。
「そう。大学の頃はまだ2人で交代に出たりしていたんだけど……研究所はみむらの担当だったから……」
 困った……と直は肩を落とす。
 とりあえず、退職願いを出すほかないだろう。
「でも、なぜ突然……」
 本当の答えは判らない。
「それは、きっと……」
 真実がいたずらっぽく笑う。
 なんだか、それですべてがどうでもいいような気さえしてくる。

「王子様が本当の愛に目覚めたからです」
 ほんのりと紅い頬をして、軽く目を閉じた真実がテーブル越しに身体を伸ばしてくる。
「そして新しい未来が始まるのです?」
 言って、直は真実に口づける。

 お姫様と、幸せに暮らしました、よ?」



fin