Happy Birthday
「はい、これ」
 差し出されたモノに俺は首をかしげる。
「鈍いわね〜、乃絵の誕生日でしょ? 私からのプレゼント」
「ちょっと待て……これはいったい?」
「予約しといた。支払いは正樹だから」
 にっこりと笑った幼馴染みに俺はため息を吐くしかない。
「ま、そんなところだろうと思ってたけど」
「でも今年はゴールデンウィークにばっちし重なるし、予約取るの大変だったんだからね」
「はいはい」
「ま、せいぜい頑張りなさいよ」
 菜織に手渡されたメモには高級ホテルの名前と5月6日の日付、それにホテル内レストランの予約時間とけっこうな値段とが書かれていた。



「乃絵美、今日は外で食事しようか」
「え? ホント? お兄ちゃん」
「たまにはいいだろう?」
「うれしい♪ 何着て行こうかなぁ」
 久しぶりのデートに乃絵美が喜んでくれるのがうれしくて、俺までしあわせな気分になる。



「え……ここ?」
「予約してあるから」
 ホテルの敷地に入った途端に、乃絵美は言葉をなくしている。
「ほら、おいで」
「あ……うん」
 手を引いてやると、微かに頬に朱がさしたが、それでも乃絵美は手を振り払ったりしないでおとなしく着いてくる。
 広いエントランスロビーを抜けてエレベーターで最上階まで一気に上る。受付で名前を告げるとすぐに窓際の席に案内された。
「すごい……きれい。お兄ちゃん、ありがとう」
「いや、実はここ予約してくれたのは菜織なんだよ」
「ホント? じゃあ菜織ちゃんにもお礼いわなきゃ。でも連れてきてくれたお兄ちゃんも、ありがとう」
「どういたしまして。ホントはもっと乃絵美に色んなコトしてやりたいんだけど……気の利かない兄貴でゴメンな」
「ううん、私はお兄ちゃんが一緒にいてくれるだけでうれしいよ?」
「乃絵美……」
 見つめ合っているところに食事が運ばれてくる。
「さ、冷めちゃうから食べようか!」
「うん……いただきます」
 コース料理はどれもこれもが美味しくて、乃絵美が一口ごとに美味しいと繰り返し幸せそうに微笑んでくれている。
 他愛もない話をしながら、あっという間に時間が経つ。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま……さて、行くか?」
「うん、お腹いっぱい」
「……部屋、とってあるから」
 小さく言った俺の言葉に乃絵美の大きな目がさらに大きく見開かれる。
「俺からの誕生日プレゼント。菜織が予約だけしてくれたやつだけどな」
 ウィンクしてみせると、乃絵美も小さく噴き出す。
「菜織ちゃんらしい……ありがと、お兄ちゃん」
「どういたしまして。俺こそ、生まれてきてくれてありがとう、乃絵美。ていうか、俺を選んでくれて、だな」
「ううん、お兄ちゃんだから、だよ」
 乃絵美の手が俺の腕に絡む。
 逸る気持ちを持て余しながらチェックインを済ませると、部屋へと向かう。扉を開いた俺たちはまず部屋の広さに驚く。ゆったりとした応接セットのテーブルの上にティーセットが準備されている。大きなベッドの上にチューリップの可愛らしい花束。
「おめでとう、乃絵」
 それだけのシンプルなカードがティーセットの横に置いてあった。
「わー、お兄ちゃん見てみて、このケーキすごく可愛い」
「悔しいけど、菜織にいいところ全部もってかれちゃったなぁ」
「え、そんなことないよ! だってたぶん……菜織ちゃんからのホントのプレゼントは……」
 少しだけ背伸びをした乃絵美が俺に触れるだけのキスをくれる。
「お兄ちゃんとゆっくりすごせる時間だと思うから……お茶、煎れるね?」
「乃絵美……好きだよ」
「んっ……私もお兄ちゃんが好き」
 口づけの合間にケーキを食べて、食べ終わる頃には激しいキスへと変わっていた。
「どうやってこれ以上好きになるのかって思うくらいすごく乃絵美が大切なのに……昨日より今日、今日より明日のほうがもっと好きになってる」
「ん、うれしい……お兄ちゃん。でもね、きっと私のほうがもっとお兄ちゃんのこと好きだよ……知ってる?」
「知らない……ていうか、絶対俺のほうがいっぱい好きだと思う」
「お兄ちゃん……」
「これからそれを証明してもいいか?」
 小さく乃絵美が頷いたのを確認して、乃絵美の細い身体を抱き上げる。



 きっとどんなに言葉を尽くしてもこの愛をすべては表せない。なによりも深く、強く、乃絵美だけに向かう心を抱きしめて生きていく。



fin
乃絵美の誕生日です。そう言えば今まで書いてなかったなぁ。
ずいぶん久しぶりの乃絵美なのでちょっと緊張しました(笑) 乃絵美はいつまでも、理想の妹です。なのに寸止めでゴメン(笑)