約束の形
「ただいま」
「お帰りなさい」
 パタパタとスリッパの音を響かせて乃絵美が出迎えてくれる。
「丁度よかった、今準備できたところだよ? お兄ちゃん」
 テーブルの上には乃絵美がどれだけ張り切ったかがわかる豪勢な料理にケーキが並んでいる。
「すごいな」
 感嘆の声に、乃絵美がニコッと笑う。
「ふふ、お兄ちゃんに喜んでもらえるのが一番うれしい」」
「乃絵美は料理が得意だもんな」
 頭を撫でてやると、子供扱いしてぇ!とほっぺたをふくらませる。そう言うところが子供なんだって(笑) 二人して笑ってテーブルにつく。
「その前に、これ」
 取り出したのは片手に乗るくらいの小さな箱。シンプルで落ち着いたラッピング。
「開けていい?」
「ああ」
 包みを破らないようにそっと開いていく。ビロードを張った小箱が現れて、乃絵美が息をのむ。震える手で小箱を開ける。
「お兄ちゃん……」
 小さなピンクの石がついた飾りリング。
「これなら、つけててもいいだろ?」
 婚約指輪も結婚指輪も……乃絵美のたんすの奥底に隠れている。それは乃絵美のものであり、けれど乃絵美だけのものではない。
「……いい、の?」
「乃絵美につけて欲しいんだよ」
 誰に遠慮する必要もない乃絵美への贈り物。クリスマスプレゼントなら、許されるだろう?
「うれしい」
 いつまでも小箱に入った指輪をうっとりと見つめている乃絵美の手から、そっと箱を取り上げる。箱から摘み上げて、乃絵美の手を取る。
「Merry X'mas」
 乃絵美の左手薬指に、おさまった指輪が蛍光灯の明かりを反射してきらめく。
「ありがとう、お兄ちゃん」
 大好き 指輪に乃絵美の唇が触れる。
「あ、あのねあのね! 乃絵美からはね」
 これ! と差し出された大きな包みには手編みのセーターとマフラー。
「お兄ちゃんに見つからないように隠れて編むの大変だったぁ」
 ふふふ、と笑う。最初の頃のような少し困ったようなそれではなくなってきているのがうれしい。辛いことも哀しいこともその笑顔の下に隠してしまうような乃絵美だから、ほんとうに笑っていて欲しいと願ってしまう。近しい人たち全てを騙して欺いて、それでも手に入れたかった想いだから。
「乃絵美の手編みじゃ恥ずかしくて外に着て出られないな」
 クスっと笑ってみせると、乃絵美は一瞬考えて、それから拳を振り上げる。
「ひっどーいお兄ちゃん! ちゃんと上手に編めてるでしょー?」
 そんな下手じゃないよ? と不安になったのかもう一度セーターを広げて確認している。
「あはは、ウソウソ。上手に編めてるよ。うん店に並んでてもおかしくないな!」
「もー、そんなおべっかいわなくていいもん!」
 プクゥっとふくれたほっぺたを軽く突くと二人でクスクスと笑い合った。
「乃絵美、大好きだよ」
「うん、私も さ、お兄ちゃんご飯食べちゃおう、せっかく腕をふるったのに冷めちゃうよ」



「ふぅ、お腹いっぱいだ。もう入らない」
「まだいっぱい残ってるね、どうしよう?」
 どう考えても作りすぎ(笑) 乃絵美はもともと小食だし、二人で食べられる量じゃないのは最初に見てわかってたことだったけど。
「菜織ちゃん食べるかな?」
「今日は帰ってこないぞ、たぶん」
「……うーん」
「だいいち、あんな放蕩娘に乃絵美の手料理はもったいない!」
 明日オレが食べるよと言うと、乃絵美は小さく苦笑を漏らす。
「お兄ちゃん、口がわるいよ」
 それでもオレが食べると言ったのは乃絵美のお気に召したようで、微妙にうれしそうだ。
「お兄ちゃん先にお風呂、入っちゃって?」
「ん? そうだな……」
 ちょっと考えて、乃絵美の手を取る。
「今日は一緒に入ろう。洗ってやるよ」
 その言葉が以外だったのか、乃絵美は目をまん丸くしている。それから頬が見る見る真っ赤に染まって。
「いやーだ、お兄ちゃんのエッチ!」
「イヤか?」
「だって……恥ずかしいもん」
「電気消してやるから」
 うっ……と乃絵美は言葉に詰まっている。自分でも不思議だったけれど、別にやりたい気分になったわけではない。きれいに洗ってやって、まったりとお湯に浸かりながら乃絵美のおしゃべりを聞きたかっただけで。
「ちゃんと真っ暗にしてくれる?」
「ああ。恥ずかしいなら乃絵美が先に入って待ってるか?」
 電気を消した風呂場は街灯の明かりが窓から入ってくるため真っ暗と言うほどには暗くはないが、それでも灯りが消されていることで安心するのか、乃絵美は上機嫌だ。
「ちゃんと暖まったか?」
「うん」
「じゃあ洗ってやるからこっちにおいで」
「え、いいよ。自分でちゃんと洗ったよ?」
 それじゃあと、乃絵美の頭を洗ってやることにする。湯船に浸かってまずは頭皮を、それからいつもは頭の上で結んでいる長い髪の毛を梳くようにしながら丁寧に洗っていく。シャワーでいったん流してから今度はコンディショナーを擦り込む。
 クスクスと乃絵美が笑い出す。
「どうした?」
「ふふ、なんだかヘンな感じ。お兄ちゃんがすごく優しい」
「なに!?」
 それじゃまるで普段は優しくないみたいに聞こえるゾ! とブツブツ言うとまたクスクスと笑う。別に笑わせるために言ったんじゃないが、乃絵美の笑い声は心地好くていつまでも聞いていたくなる。
 コンディショナーも洗い流すと、そろそろのぼせそうになってきている乃絵美をバスタオルで包み込むようにして丁寧に拭いてやる。
「なんだか赤ちゃんみたいだね」
「乃絵美は充分赤ちゃんだろう?」
「ひっどーい」
 こんな言葉の応酬も睦言みたいなもんだ。乃絵美の猫パンチを軽く受け流して寝室に連行する。ベッドの縁に座らせておいて自分はキッチンに戻る。冷蔵庫に残っていたシャンパンをビンごと持っていく。
「お兄ちゃんお行儀わるーい」
 寝室に戻りながらビンに直接口を付けてシャンパンを口に含んだ。乃絵美の小言を無視して上からのしかかるように口づける。そっとシャンパンを乃絵美の中に流し込む。咽せてしまわないように、乃絵美が仰向かないよう注意しながら。
 コクンと乃絵美の喉が鳴ったのを確認してゆっくりと離れる。
「長湯したから、水分をちゃんと取らなきゃな」
 言って、ゴクゴクと自分も喉奥に流し込む。それから乃絵美にも口移しで何度も飲ませて、ビンが空になる頃には乃絵美の頬がうっすらと紅色に染まっている。
「お兄ちゃん……」
 そんな風に見上げられて残る理性なんて持ち合わせてない。今度は少し乱暴に、深く口づける。舌を差し入れて乃絵美の口中を蹂躙していく。ほんのりと甘い吐息が鼻孔をくすぐり快楽中枢を刺激する。
「乃絵美、好きだ」
 体中の熱が集まってくる。
 ん? 熱?
 あわてて乃絵美の額に手を翳す。
「乃絵っ、熱!?」
「え?」
「熱出てる! 熱っ! 長湯しすぎたせいか? それともクリスマス準備で張り切りすぎた?」
「そんな、大丈夫だよ。少しアルコール飲んだから……体温上がってるだけ、だと……思う、けど」
 慌てて乃絵美をベッドに横たえて肩までしっかり布団の中に押し込む。
「お兄ちゃん、おおげさ」
 呆れた声で乃絵美が抗議するけれど。
「乃絵美ももう少し丈夫にならなきゃな」
 安心してエッチもできやしない、と耳元でささやくと一気に沸騰したように赤くなる。
 枕元に水とクスリを用意して、乃絵美の隣に身体を滑り込ませる。
「今日は我慢するから、早く元気になれ、な? 乃絵美」
「うん。ごめんね、お兄ちゃん」
 謝る必要はないよ、と柔らかい髪を撫でてやる。せめて乃絵美が安心して眠れるように。オレの腕の中で、少しでも安らぎを感じてくれたら、と。
「お兄ちゃん、大好き
 腕の中に幸せを包み込んで、ゆっくりと眠りに落ちていく。



 この幸せがいつまでも続きますように。



fin
久しぶりの乃絵美だ〜。ちゃんと乃絵美らしくなってればいいけど……ドキドキ
しかもエッチ入れられず! お兄ちゃんのいくじなし! と叫んでみたけれど(笑) 仕方ないよね(笑)
お兄ちゃんは、メロメロに乃絵美に弱いのがいいです。妹に激甘なお兄ちゃんvv
ああ、乃絵美可愛いvv 更新ペースは相変わらず遅々としてますが、乃絵美を止めたわけではないので、時々遊びに来てみてくださるとうれしいです。そのうち、また本も出したいなぁ(遠い目)