これからの形 |
「の……浅葉」 言葉をとぎらせた……先輩の戸惑いは私の戸惑いだったのかも知れない。 「よろしくお願いします! 先輩!」 だから、元気にそう笑った。ののか、と名前を呼んでもらうことの出来ない私は後輩として先輩になつくことしかできない。もうお兄ちゃんと呼んではいけないのだ、と自分に言い聞かせる。 たった1年足らずの、とても大切な思い出にそっと封印をかけて。 「先輩っ!」 「……の……」 突然呼び止められてびっくりして逃げようとした矢先だった。膝をついた先輩に、グラリと世界が歪む気がした。駆け寄る脚がまるでゼリーの上を走ってでもいるように、思ったように前に進まなくてなにか叫んだような気もしたけれど声すら出なかったかも知れない。 「先輩……」 白い部屋、白いシーツ、白いカーテン。こうしているとただ眠っているだけに見えるのに。 「目を、覚まして……私ちゃんといい後輩になれるように、がんばるから、だから……」 涙がシーツに零れそうになるのを慌てて拭く。何度こうして泣いたか判らない。もう1年近くも先輩は眠ったままで、あんなにいっぱいお世話になったのに顔を見ている以外何もしてあげることができない。 「先輩、あんまりお寝坊だと……私先輩に追いついちゃいそうッスよ」 顔の上に落ちてきている前髪を払う。先輩の優しく笑う笑顔が好きだった。ちょっと困ったように照れるところとかも、もう見ることは出来ないんだろうか…… 「司、お兄ちゃん」 そう呼ぶ時はものすごく照れくさかった。もうずっと“先輩”って呼んできたから、その方がしっくりくるくらいで。でも、ののって呼んでもらえるのはすごく嬉しい。そう言ったら何度でも呼んでやるさ、と微笑んでくれた。 「先輩、はやめろよ? 同じ3年生なんだからさ」 「そうですねぇ(笑) お寝坊が過ぎましたよね」 「まったくだ」 照れ隠しのように頭を掻いて視線を反らしている。 「あの時はホント、タイミングが悪かったよ」 「?」 「ほら、倒れる前の日……」 私が私には先輩のそばにいる資格がないって言った日だ。 「ののにさよならって言われて……それまでどれだけ自分がののや、みんなに頼って生きてきたのか気がついたんだ」 「そんなこと……」 「いや、ののかには、はっきり言って甘えてた。先輩って慕ってくれるのが居心地が良くて……自分の気持ちをはっきりさせるのが怖かったんだ」 お兄ちゃんの目がまっすぐに私を見る。 「だから、あの時……今度こそ自分の本当の気持ちを伝えなくちゃって思ってて。駅でののを見つけた時、逃げようとしただろう?」 「あれは……」 あの日はまだ、自分の心の整理がきちんとついてなくて、会うのが怖かったから。でも。 「そしたら、あんなことになっちゃうだろ? ホント、タイミングはずしてばっかだよな、俺」 「お兄ちゃん……」 「でも、これからはちゃんと二人で考えていこうな」 優しく抱き寄せてくれる。 「私、ね。初めてこの人が義理のお兄さんになるんだよって会った時から……お兄ちゃんのこと好きだったんだよ」 「のの……ののか」 軽く唇が合わさるだけのキスを交わす。 「でもののはモテるから、ちょっと心配だな」 「え〜?」 「部でもののと二人で話したりしてた時とか、生ぬる〜い目で見られてたの知ってる?」 「……そんなこと、ないと思うけど。でも先輩も人気あるじゃないですか。実はモテモテっスよ」 ないない、って手を振って笑ってるけど自分のことは判らないんでしょうかね? あんなに周りにステキな女性がたくさんいたのにホントに気づいてないのかな? 「でも俺もしかしてちょっと心狭いかもしんないなって思うよ? ののに他の奴がモーションかけてきたりしたらと思うとね」 「えー? そんなことないと思うけど……でももしそうなったらどうするんですか?」 「そうだなぁ、まず殴りに行くのは基本だろ?」 「き、基本っスか?」 「そう。だから相手が可哀想だと思ったら、そんなことにならないように気をつけてくれ」 「……モーションかけられないように気をつければいいんですか?」 「そういうことだな」 ポンポンと頭を撫でられる。 「オス! 了解っス!」 こんな風に、先輩と後輩でもなく、義兄と義妹でもなく。二人の関係をこれから私たちは作っていく。 「お兄ちゃん……目を覚ましてくれて、ありがとう」 「のの……」 優しくて穏やかな季節が巡ってくる。 fin |
ののか、かばええ! ってそんな萌だけで突っ走りました。オス! ぜんぜん話になってないけど……そこはホラ、ののか可愛ぇってことで(笑) 先輩と後輩でもあり、義兄と義妹でもありって……恋心を自覚しにくいよね確かに。幼なじみとかいとこ同士とかと一緒でどうやって自覚してどうやって関係を進めていくかっていうのがたぶん難しいところなんだろうなぁと。ゲームの中でちゃんと恋人同士になっているので、そのあたりの関係を元ネタの隙間を縫うようにして書ければいいなぁと思います。これが今後の課題かな。 |