デート
「友弥さん、明日は二人で少し遠出をしないか?」
「遠出ですか?」
「うん、そう。逢い引き」
 少し不思議そうにこちらを見る友弥さんに、ニコリと微笑む。
「と言っても私はこの辺りのことをよく知らないから、どこに行くとかは友弥さん任せになってしまうんだけど」
 一緒に過ごす時間は多いけれど、その大半は凛さんや学校の友人、アルバイト先の人たちとも一緒で、せっかく正式に本家にも認めさせた許婚者になったというのに、2人きりの時間というのが案外少ないのが少し不満なのだ。
「逢い引きって、デート? デートって言うと……えーと遊園地とか映画とか?」
「そういうのが定番なのかな?」
「よ、よくわからないけど、たぶん?」
 つまり、友弥さんも今まで誰かと逢い引きなんてしたことがないということか、と思うとついニヤニヤしてしまう。
「遊園地だと凛さんたちもついてきてしまいそうだね」
「じゃ、じゃあ映画?」
「そうだね、明日が楽しみだよ、友弥さん」



「あ、朱鷺さんこっち」
「え? でも……」
 駅について、周りの人たちと同じようにゲートをくぐろうとすると、友弥さんが腕を引っ張って横の方へと連れてこられてしまう。
「えーと、切符を買わないといけないんです」
「切符?」
「ええ、ちょっと待っててください……はい、これ」
 小さな紙片を渡されて、友弥さんがここにそれを入れるんだとか、ここから出てくるからそれを取ってとかいちいち説明してくれる。それがなんだか細々と世話を焼かれているようで楽しい。
 電車の中はそれなりに人が多い。電車に乗ること自体が珍しいのでキョロキョロしていたらふと気づいたことがある。俯いてなにかを熱心にやっているか、ボーッと斜め上の方を見ているかで、私のように周りを見回している人なんて全然いないみたいだ。その時ガタンと揺れて、友弥さんの肩がぶつかる。
「あ、ごめん」
「大丈夫ですか? もう少し寄りかかった方が楽ですよ?」
 そっと腰を抱き寄せても、人混みの中では余分な空間が減っただけのこと。その空間もあっという間に浸食されて消えて無くなる。
「……」
「?」
 ふらついた友弥さんを抱き寄せたところまでは純粋に厚意だったんだけれども、腰に回した手がムズムズとして、思わずそっと撫でてみると、友弥さんが怪訝そうな顔で私を見上げてくる。
「ん? どうかしましたか?」
「……いえ」
 なにか言いたそうに口をぱくぱくしながら、結局言えずに黙ってしまった友弥さんが少し可哀想で、そしてとても可愛くて、電車に乗っている間中友弥さんの細い腰を堪能してしまう。抱き寄せている手のひらを上下させて、指先でくすぐるようにするとビクッとした友弥さんが泣きそうな顔で見上げてくるから、思わずほほえみかけると、友弥さんはムッとしてしまって、どうやら機嫌を損ねてしまったみたいだ。
 大きな街で電車を降りてから友弥さんは真っ赤になりながら「は、恥ずかしいことしないでください」と睨んできたけれど「私は恥ずかしいコトなんてなにもしていないよ?」と言えば「シレッとした顔して……」とブツブツ言うけれども、それでも大きくため息をついて許してくれる。まったく、こんな風に許してくれてしまうから私が調子に乗るんだと友弥さんだけが判っていないのだから、本当に可愛くて、もうどうしてくれようという感じだ。
 映画館に入ると周囲が暗くなるのを待って、そっと友弥さんの手を取る。ビクッと肩が跳ねたが手をつなぐ以上のことをしようとしないのがわかったのか振り払われたりはしなかった。そのまま指と指を絡めるようにして手をつないだまま、おとなしく映画を見る。本当は少し悪戯をしたかったんだけど、せっかく友弥さんが私とのデートにと選んでくれた映画なのだから、見ないで済ませるのは申し訳ないと、さすがの私も自重しましたよ。
 映画が終わると、友弥さんの機嫌はすっかり直っていて、並んで街を歩きながら他愛もない話をする。映画の感想とか、私の修行の話とか。さすがに手はつないでくれなかったけれど、それでもそんななんでもない時間がとても楽しい。
「少し早いけど、食事にしようか?」
「うん。えーと朱鷺さんはなにが食べたい?」
「そうだね……」
 ふと視線をあげた先に大きな建物が見えた。
「あそこにしよう」
「えっでも……」
「大丈夫だよ」
 海外の有名ホテルだから、そこそこいいレストランも入っているだろうし、確実にカードで支払いができる。それに上階からの夜景もきれいだろう。
「そんなに緊張しなくても」
「……そんなこと言われても」
 建物の中に入ったとたんにギクシャクする友弥さんの肩を抱いてエレベーターへと誘導する。人の目が無くなると友弥さんがようやく肩の力が抜けたのか、ひとつため息を落とした。
「朱鷺さんは慣れてる?」
「うん? 別に慣れてはいないかな。ホラ私は修行でどちらかというと秘境とかばかりに行っていたから」
「ああ、そうですよね」
 そっか、と友弥さんは私の言葉で納得したのか、小さく微笑んでくれる。ああもう、なんて可愛らしいんだ。この場で押し倒してしまいたい衝動に駆られかけたところで、エレベーターが目的の階に到着してしまった。
「ああ、着いてしまった」
「え?」
「いや、なんでもないよ。行こうか?」
 席に案内されて、メニューを開いた途端に友弥さんはパタンと閉じてしまう。
「ん?」
「あの、よくわからないので……お任せします」
「うん、じゃあお任せコースってことにしてしまおうか」
 少し恥ずかしそうに言う友弥さんに私はニッコリと微笑んで、ウェイターにそう告げる。食事の間は純粋に食事を楽しんで欲しいから、ちょっかいをかけるのは我慢する。でもそんなに気が長い方ではないと自覚しているから、給仕にきたウェイターに部屋の予約をこっそり頼んでおく。支払いの時にカードキーを受け取れるように手配してもらえば完璧だ。
 スパークリングウォーターで乾杯をして、繊細に盛りつけられた皿に目を丸くする友弥さんが、一口口に入れた途端にさらに目を大きく見開く。
「すっごい、美味しいよ、コレ!」
「それは良かった
 うれしそうな友弥さんの表情が私にとっては最高のごちそうだ。
「ああ、これも美味しいですよ、食べますか? はい」
 アーン、とフォークを友弥さんの目の前に持って行くけど、友弥さんは「それは、ちょっと……」と食べようとしない。
「どうして? 誰も見てないよ」
 個室ではないが、観葉植物や衝立で仕切られていて他の席からはほとんど見えないようになっているから恥ずかしがる必要はないんだけどな。
「ほら、美味しいよ、アーン」
 いつまでもそうしている方が返って人目につくかもと思ったのか、友弥さんが思いきったようにフォークを口に含む。
「んっ」
「ね? 美味しいでしょ? もう一口?」
「うん、朱鷺さんもこっちも食べてみる?」
 友弥さんが切り分けてくれて、期待してみたんだけど、やっぱりそれは皿の上に置かれてしまう。
「なんだ、アーンってしてくれるかと思ったのに」
「は、恥ずかしいから」
「誰も見てないのに」
 わざと少し拗ねたような口調で言ってみるけれど、お互いにこんななんでもないやりとりが楽しくて仕方がないって表情になってる。
「じゃあ、行こうか」
「え? どこ行くんですか?」
 エレベーターで私が押した階数ボタンに、友弥さんが不思議そうな声を出す。
「ん? デートなんだし、お泊まりでいいでしょう? 凛さんには書き置きしてきたよ」
「……」
 私の言葉に、友弥さんはサッと頬を染める。なんでこんなに可愛らしいのかな。思った時には口づけていた。
「んっ、あ」
 チュッと音を立てて口唇が離れると、友弥さんは真っ赤になったまま、私を睨みあげてくる。
「もう、こんな場所でなにするんですか」
「こんな場所って……誰も見てないよ?」
「……監視カメラがあります」
 ポーンと軽い音を立ててエレベーターが目的の階に着く。
「つまり、カメラに見られてたと……わかった、もうしない」
 小声で話しながら部屋に入る。
「朱鷺さん?」
「人に見られるのは友弥さんはイヤなんだよね? だから、もうしない」
 でも、と入り口から置くに向かう友弥さんを背後から抱きしめる。
「部屋の中にはカメラはないでしょう?」
 そのまま抱き上げると、バランスを取ろうとして友弥さんの手が私の首に回る。
「お、女の子じゃないんだから」
「でも許婚者でしょう?」
「……なんかこんな簡単に抱き上げられると悔しいんですけど。朱鷺さんだって、マッチョってわけじゃないのに」
 ベッドにそっと下ろすと、友弥さんが見上げてくる。
「友弥さんだってできるよ、やってみる? 私くらいなら友弥さんも簡単に抱き上げられると思うけど」
「いいの?」
 いいですよ、とベッド脇に立って友弥さんに両腕を伸ばす。
「んっ」
 膝と背中に友弥さんの腕が回って、スッと抱き上げられる。
「ね? 重くないワケじゃないけど、難しくもないでしょう?」
「本当だ」
 友弥さんは言って数歩その辺を歩いてみて、それから私を下ろしてくれる。並んでベッドに腰を下ろして、私は友弥さんに向き直る。
「女扱いをしていたわけじゃないけど、友弥さんにはそう感じられたんだよね。ごめんね、私の配慮が足りなかったね」
「やっ、あの……僕は別に」
「うん。でも本家に戻れば私の伴侶ということでどうしても友弥さんは嫁として扱われてしまうだろう?」
 友弥さんが頷くのを待って、そっとその手を取る。
「でも、別に私は友弥さんに家を守ってもらいたいから結婚したいんじゃないんだよ」
 以前にも言ったように、友弥さんがいないと生きていけそうにないから、共に手を取り合って歩いて行きたいと思う。女性扱いしたいわけではないのだ。
「ただ、私は友弥さんが大切だから、友弥さんをいろんなモノから守りたい……でもね、同じくらい友弥さんにも私を守ってもらいたいと思っているんだ。友弥さんはとても強い人だしね。でも、誤解させてしまうような態度で友弥さんを傷つけたね? ごめんね?」
「ううん、そんな……その、僕も、朱鷺さんと一緒にいたいと思うし」
 少し俯いているのは、たぶん顔が赤くなっているから。
「友弥さん」
 そっと啄むように口づける。
「友弥さん、大好きだよ」
 身体の力を抜いて私に凭れてきてくれる友弥さんを抱きしめる。その時ドーンドンドーンと大きな音が聞こえてきて、2人してビクッとなってしまう。
「なんだろう? どっかで花火あげてるのかも」
「花火? 見えるかな?」
 立ち上がって窓に近づく。窓の外をどこだろう、と見回そうとした時、正面にきれいな色とりどりの花火がパッと花開いた。
「特等席だ」
「本当だ、きれいだね」
 その後は無言で、二人身を寄せ合って次々に夜空を飾る大輪の花を見つめる。静かな時間。他愛もない話をしている時間も、こうやってただ静かに過ごす時間も、もちろん互いを貪るように欲する時も、どんな時間も友弥さんと一緒ならば幸せだと感じられる。そしてそっと身を寄せてくれる友弥さんもきっと同じように思ってくれている。
「友弥さん」
「ん……」
 友弥さんからのキスは、唇を触れあわせるだけのモノだけれど、触れあったままクスクスと互いに笑い出すまで続いて。
「友弥さん、ベッドに行こう? 今のキスも可愛くてとても好きだけれど、もっとたっぷり愛してあげたい」
「……恥ずかしいこと言うなってば」
「このくらいで恥ずかしいの? 本当に友弥さんは恥ずかしがり屋だね」
 そこもまた可愛いんだけど。
「ていうか、朱鷺さんが恥知らずなだけ……」
 小声でブツブツと言うのは聞こえないフリをして、友弥さんをベッドへと誘導する。並んで座ったままキスを繰り返して、同じだけ友弥さんが好きだと繰り返す。



 そうして二人だけの時間を重ねていく。
よくばりサボテンっす。朱鷺v友弥でデートです。デートっつうか、セクハラな気が微妙にしないでもないですが(笑)
朱鷺さんは微妙に黒い感じが好きです。黒いんだけど、友弥さんには甘いんだよ。友弥さんは流され系受で。
ていうか、痴○が書きたかったんだけど……なんかあんまり書けてない気がする。おかしいなー。