少女小説
私は少女小説家だった。昔。
自分でもあきれるほど少女趣味だったわ。
ただでも童顔な上に、少女まんが的少女趣味でしょ、年相応には見てもらえないのね。どう見ても年下の子からラブレターもらったことも何度かあるわ。
それがね、彼等は私の方が年下だと思いこんでるわけよ。情けないったらないわよね、年下の子にまでガキ扱いされるなんて。
それで、大学卒業して2年、24歳の夏に、原稿持って編集部に行ったら、新米の編集がいてね、大学出たばっかりだって言ってたから2つも年下なのよ。なのに、そいつの言ったことったら!
「え、君もうプロなの、まだ高校生だろ?」
私は決心したの。少女小説なんて書いてるのがいけないのよ! そうよこれからは大人っぽく……そうね、ミステリーよ。ミステリーを書くんだわ、ってね。
思えばあれが私の運命の分岐点だったんだわ。
ともあれ私はそれから色々あったけどもミステリー作家として独立したの。
でも流石に思いつきでしかなくて、アイディアなんてすぐに底をついたのね。でも、それでもなんとかキャラクターを殺し続けながら書き続けたの。
このあたりが安直だと自分でも思うんだけど、ミステリーって最後がハッピーエンドじゃらしくないじゃない? だから私はかたっぱしから主人公を殺していったの。なぜかそれが受けて、なんとか仕事も入ってくるようになった。
で、今、私25歳。しめきりを明日にひかえて、100枚中50枚もすすんでいない。
ミステリー書き始めてからのくせで雨戸しめてカーテンしめて部屋を真っ暗にして、極めつけにろうそくの灯りで原稿用紙に向かっている。
雰囲気に弱いのよね。これだけでなんとなく「ミステリー」って感じでしょ?
今書いてるのは極めつけに暗い話。
ふふふ、主人公は26歳のハンサムで最後の最後に血みどろになって死ぬの。猟奇殺人の世界とオカルトがごっちゃになった話なのよ。
でね、話は一応決まってはいるのよ。キャラクター、伏線、どんでんがえし、ちゃんと出来てるのに……これで書けないのはひとえに私の力量不足であって……むむむ。
原稿用紙をにらみつける。
じじじっていう、ろうそくの燃える音がうるさい。
えっ? ろうそくの音?
って思った時は遅かった。ろうそくはポッと小さな音を立てて燃え尽きた。
部屋は真っ暗になってなんかおどろおどろしくて、いい感じではあるけど、これじゃあちょっと原稿が書けない。
私はたちあがって押し入れを開けた。ろうそくは押し入れの右端の下のところにいつも置いてあるので、電気をつけないままで押し入れをさぐる。
「あの……」
突然背後から低い男の声がして、思わず飛び上がった。
だって今まで誰もいなかったし、何より人が入ってきた気配もしなかったんだもの。
私はあわてて電気をつけた。部屋がぱあっと明るくなる。
男が立っていた。見たところ24〜5。かなり、ハンサム。惜しむらくは、緊張のためか少々震えている。
「オレを、俺を殺さないでくれ」
はっきしゆって、腰がぬけました。だって、唐突に他人の部屋にあらわれて、殺さないでくれっつわれても、ねェ。
「俺、知ってるだろ? 真崎章だよ。今、君の書いてる」
2度びっくり。たしかに今私の書いている話の主人公は真崎章だ。
彼の話はこうだった。
私の書いている話は、現実世界と隣り合わせて1つの世界を作っているのだそうだ。私が成り行きで人を殺すために、その世界では今大変なのだそうだ。私はFineマークをいれて話を終わらせればいいけど、彼等は現実にその世界の中心である人物を失って、均衡を保てなくなっているそうなのだ。
私はいたく彼の話に同情した。
彼がほんとうに私のキャラクターの真崎章だということを疑いもしなかった。なんとならば、主人公の名前を決めたのが昨日の深夜で、もちろん人には話していないから。章だとなのる彼はほんとうに真崎章なのだろう。
だいたいが少女趣味、この手の同情にはひどく弱いのだ。私は章になんとか人を殺さずに書き上げてみると約束した。
章は流石ミステリー世界の住人で、私にその話を書き終えるためのアドバイスをしてくれた。彼は一応小説家という設定だったし。彼は何度も私に礼を言った。
「判ってくれてうれしいよ、ほんとうにありがとう」
私の書いた、章が一番かっこよく見える角度、右40度にかまえて、ウィンクをよこした。
「また、逢いたいね」
章は私の額にそっとキスをして中空に消えていった。

それから3ヶ月。私は編集さんをひたすら説得して、また少女小説を書かせてもらうことにした。もちろん、次に書く話は決まっている。
少女小説家志望の女の子がSF作家である真崎章のところにアシスタントに行く。彼女は彼から小説を書くことのいいところ、難しいところ色々学んでいく。そして最後には彼女は小説を書くためにはいろいろと勉強しなければいけないんだと判って学校に帰っていく。その後彼女は、章が昔異次元で出会った女の子に恋してついに次元スリップしてしまったことを風の便りにきく、という話。
次元スリップをだすために少々SFっぽいところが加わって、章はこの話ではエスパーってことにしてある。もちろんこれは、もろに私好みのキャラにして書いていた章を目の当たりにしてしまった私の裏工作で……。この話を書き終えたあかつきには章は私の恋人としてこの現実世界に現れる予定なのです。

Fin