閉じた時間の中で2
 青い空が少し紅葉しはじめた緑に仕切られている。
 校舎と寮とをつなぐ空間以外は、深い緑に覆われていて目にやさしい。中村沙織はその緑の下を歩いている。朝晩はかなり冷え込む時期だが日中は汗ばむ程ではなく、寒さに震えることもなく、光のあたたかさを感じるので、彼女はこの林の中を散歩するのが好きだった。時々、授業をさぼって来ることもあったし、何度かは槙原冴子とじゃれあったこともある。ただし、今彼女と一緒に居るのは槙原冴子ではない。隣室の保科香奈だ。「このあたりは私のお気に入り。時々、授業さぼって昼寝したり、ね」
 沙織は後輩に片目をつぶってみせる。
「クラスの方にはもう慣れた?」
 沙織の問いに香奈はにっこりと笑った。
「はい。こうして中村先輩に構内を案内してもらったり、みんなにうらやましがられてます」
 元気な声で香奈が言う。一年生にとっての中村沙織は、そういう存在なのだ。成績まずまず。寮長をしていて、三年生からもかわいがられていて、面倒見が良くて元気で。あこがれの先輩なのだ。
 目を細めて笑っている香奈に、沙織はさっと、唇が触れるだけのキスをした。香奈の笑いが止まる。目を見開いて、驚きの表情をしている。
 沙織は笑った。
「あんまり、香奈がかわいいことを言うからよ」
 沙織は言って歩き出した。そろそろ陽も傾きかけている。
「そんなところでボーッとしてると、夕飯食べそこなっちゃうわよ」
沙織は笑って寮の方へと歩き出す。香奈もあわててその後についてきた。


 あれって、やっぱり、キス……だよね。香奈はベッドの上で昨日の出来事を思い出して赤くなっている。
 でも、昨日も今日も、特に変わったことはない。あんなの、単なる挨拶なんだろうか。先輩も、いつもと変わりないみたいだし……。
 でも、ファースト・キス、なんだけどな一応。やっぱ、男の子と……なんて。
「ねるっ」
 一人で声を出して宣言して、香奈は布団をひっぱりあげて目を閉じたが、口もとが気になって、なかなか寝つけなかった。
 しかし、いつもと変わらぬ毎日を繰り返すうちに香奈もこのキス事件のことは忘れてしまっていた。
 そんなある日。やはり林の中を沙織と香奈が連れ立って歩いていた。
「先輩、男の人にもてるでしょう」
 香奈が沙織に言った。
「そんなことないわよ」
 沙織は笑って応えた。
 でも、香奈は宙を仰いで数え上げる。
「先輩すてきだし、頭だっていいでしょ。親切で、優しいし……」
「ちょっと待って、それは誉めすぎよ、香奈」
 沙織は大げさに否定して、嗤った。
「それより、香奈の方はもてるんでしょう? かわいいし、スタイルもいい」
「そ、そんなことないですよ」
 香奈は右手を顔の前で振って否定する。みんなの憧れの先輩に誉められては、ちょっと居心地が悪い。
 沙織は意地悪な嗤いを顔に浮かべている。
ひっかかった、と思った。これで香奈は自分のものになる。そして……
 沙織は、一生懸命まくしたてている香奈に顔を近付けた。香奈の台詞がとぎれる。
 口唇が重なる。さらに沙織は舌を差し込んだ。香奈は何が起こったか判らないでボーッとしている。
 長いキスの後で沙織は香奈に笑いかけた。
「男の子より、香奈の方が好きよ」
 香奈はその言葉を聞いてはじめて頬を真っ赤に染めた。
「あ、あの……?」
沙織は香奈の気持ちの動きを読みながら、ゆっくりと静かに言う。
「香奈が、好きよ」
 少しの罪悪感が沙織の中にある。
「先輩」
 香奈が不安気に沙織の言葉を待つ。
「いらっしゃい」
 強引に、でも優しく、沙織は香奈の背を押して、寮に向けて歩き出した。
 自室が近づくにつれて沙織の心臓は大きく打ち出す。自分で自分の心臓の音が聞こえるくらいだ。香奈の肩を抱いて、自室の前を通りすぎた時、沙織は小さく息をついた。そのまま、隣室の扉を開ける。香奈の部屋は、一人部屋なので電気はついていない。内側から鍵をかけて、沙織は香奈に向き直った。
 香奈はまだボーッとして部屋の真ん中に立っている。
「香奈」
 電気はつけないままで沙織はもう一度深く香奈と口唇を重ねる。
「……先、輩」
 表情の無い声で香奈がつぶやく。
「香奈が、好きよ」
 優しく沙織が香奈に言う。
 香奈をベッドに座らせて、重いカーテンを閉めると小さな部屋は真っ暗になった。
 口唇を重ねたまま、時間をかけて、香奈の思考が停止するまで背中を抱いて、沙織はゆっくりと香奈がおちるまでを計算する。
 香奈の身体からすべての力が抜けるまで待って、沙織は右手で香奈の前髪をそっとかきあげる。そのまま手を頬からうなじへと下ろしていく。
 左手で香奈の右手を頭の上で固定させておいて、開いた方の手でそっとスカートの上から秘部を触る。 香奈が小さく「あっ」と声をもらして、赤くなった。
 沙織がそのまま、布の上から香奈に刺激を与えると、見る間にそこはうるおっていやらしい音をたてはじめる。それを見て沙織は右手で香奈のスカートをまくり上げると、その中に手を差し入れた。香奈は歯を食いしばっている。
 やわらかく、強く、繰り返される愛撫に香奈はのぼりつめる。
 放心している香奈の服を脱がせると、沙織は一度イかされてびしょびょになった、香奈のそこに口唇をよせた。
「先輩!」
 驚いて香奈が身体を起こそうとするのを押しとどめておいて、沙織は自らも服を脱いだ。



「香奈が、おちたわよ」
 沙織はなるべく感情を押さえて言った。それでなくても冴子に心の中を見透かされているようで、こんなにドキドキしている。
 ふっと、冴子が笑った。
「じゃあ、次の作戦をたてなきゃね」
「次?」
「そう。香奈に私たちの仲を教えてあげるの。方法は……沙織が考えてみる?」
 沙織は少し首を右にかしげて考えるしぐさをする。「そう、ね……冴子、夜這する?」
 真面目な顔で沙織は冴子をのぞき込んだ。
 ふーん、それも悪くないわね、と思いながら冴子は目の前にある沙織の額を人差し指でこづいた。
「それよりも……いきなり見せつける方が、おもしろいと思うわよ」
 沙織が「おちた」と言うからには、香奈は冴子と沙織の仲を知ったくらいで沙織から離れることは出来ないだろう。つまり香奈は沙織におぼれているのだ。それならば、いっそ。
「たしか。香奈の誕生日が来週って言ってた」
「それよ。パーティをしてあげると言って、そうね消灯後……点呼が10時でしょ、11時にここに誘っておいて?」
「判った。他には?」
 冴子は、ない、と目顔で応えて、沙織の額にかるくキスをした後、思い出したように
「前日に疲れさせないでよ?」
 と笑って言った。
「誰を?」
 すかさず、沙織が切り返して、2人で笑いあった。

 誕生日パーティーって、いったいどんな用意をしてくれてるんだろうか、と、保科香奈はちょっとドキドキしながら自室を出た。こっそり、ビールくらい持ち込んであるのかも知れない。隣室の、槙原冴子、中村沙織の表札のかかった部屋の前に立って、香奈は深呼吸した。
 ノックする。
 少しして、沙織の声でどうぞと返事があった。
 ドアを開けたが、香奈の目には何も映らなかった。
 電気がついていないからだ。
「先輩?」
 一歩中に踏み込む。
 しばらくすると、目が慣れて少し周りが見えてくる。香奈は部屋の主を探した。
 沙織がベッドの上に座っている。そして冴子がやはり同じベッドの上に、壁にもたれるようにして上半身を起こしている。
「先……輩」
 香奈は自分が何を見ているのかよく判らなかった。
 シーツにくるまれているが、2人共上半身は裸である。それは判った。「何? どういう……」
 香奈がゆっくりと言った。しかし、自分自身、理解して発した言葉ではない。
 気がつくと、沙織が立って、背後のドアを閉めていた。
 そのまま香奈の背に手をやって姿見の前に立たせる。シュッという音がして小さな、赤い明かりが灯った。冴子がろうそくを点けたのだ。
「香奈、誕生日おめでとう」
 言いながら、沙織は香奈の着衣をはずしていく。「お祝いに、今日から私たちの仲間に入れてあげる」
 背後から香奈を抱きしめて、胸を下から持ち上げるようにして刺激する。首筋に息を吹きかけ、右手を恥丘の奥にすすめる。
 姿見に映る自分の裸身と、愛撫を加える沙織の姿を見ながら、香奈は思考出来なくなってきている自分を意識した。
 沙織の手で香奈が限界まで追い込まれると急に、沙織は香奈を離れる。
 姿見にもう一人の影が映る。冴子だ。そして香奈を離れた沙織は冴子に重なっていった。
「あ……ん愛してるわ、冴子」
 冴子は沙織を離すと、目で合図してベッドに向かった。沙織は小さくうなづいて香奈の肩を抱くようにしてベッド脇に立たせると、自分はベッドの冴子に身体を預けた。
「香奈……見てて」
 香奈は、見ていた。自分の好きな人が別の女によって絶頂へと導かれるのを。瞬きもできずに見ていた。
「あっ」
 冴子の手の中で沙織はつかの間、意識を手放した。冴子はゆっくりと沙織から離れると、強引に香奈をベッドに引き込んだ。
「や、やめて下さい、先輩……」
 倒れこんでようやく香奈は声をあげることができた。しかし香奈の声など聞こえぬように、冴子は香奈の身体に愛撫をほどこす。つい先程、沙織に限界近くまでいざなわれていた香奈の身体は、冴子のテクニックの前で、かんたんに悲鳴を上げる。 冴子が香奈の秘部に顔をうめると、沙織が香奈の口唇に口唇を重ねていった。
 長く執拗なディープキス。歯の裏側から軟口蓋を舐められて、香奈は小さなあえぎ声を漏らす。沙織は香奈の唇を離すと少しずつ這い下りて、細いわりにはボリュームのある胸に頬を寄せる。
 冴子がさらに香奈の最も敏感な部分を舌で刺激する。しかし簡単にはいかせない。わざとタイミングをずらしてやる。
 香奈が沙織にひかれながら冴子のテクニックに溺れてくれないと、これはゲームとして成り立たない。
「先……輩っ!」
 焦らされて、香奈は声を上げた。沙織を呼ぶのだが、返事もまして助けもない。沙織は沙織で、冴子に指で攻め立てられている。
「冴子……」
 沙織の喘ぎ声を耳にして香奈は一気にのぼりつめた。
 冴子が香奈に口づける。香奈は唾液を口移しで流し込まれると、軽く眉をしかめた。香奈の口唇からこぼれたものを指ですくい、冴子は沙織に重なっていく。

 気を失った後輩を隣の部屋の自分のベッドに運んでやって、冴子は沙織を自分の横に座らせた。
 首から肩にかけて優しく愛撫を繰り返す。
「かなり、感度がいいわね」
 と言って、沙織の中心を指先でかすめる。かろうじて声を押さえた沙織を、さらに言葉で追い詰める。「私が香奈を抱いているのを見て、感じたでしょう?」
 クスクスと、嗤いながら冴子が言う。
「かわいいわね。あんなに沙織に夢中なのに」
 鎖骨を舌でなぞる。
「沙織はそんな娘を私に差し出す」
 腕の内側に息を吹きかけられて、沙織はたまらずに声を出した。
「感じたんでしょう? いいわよ、どうして欲しいの?」
「あっ」
 沙織はとうとう声を上げた。
「いっ、香奈と同じにっ!」
 2人で激しく抱き合った後、冴子と沙織は瞳を見交わし、共犯者の笑みを浮かべた。



 朝、自分のベッドで目を覚ました香奈は、冴子によって全身につけられた所有者印に、昨夜の出来事が現実だと思い知らされた。
「あれは……一体」
 手足を戒められていたわけでも、まして薬物を使われたわけでもない。なのに自分は抵抗らしい抵抗さえ出来ずに受け入れてしまった。あの妖しい雰囲気に酔ったのかも知れない。
 のろのろと起き上がると、熱いシャワーを浴びる。 女同士でなぐさめ合う。うん、よくあること、よね。……でもあそこまで、するかな?……いや、きっと何でもない、ことなのよ、うん。無理矢理自分を納得させると、手早く身仕度を整える。早くしないと朝食を取り損ねることになる。
 部屋を出ると、ほぼ同時に隣室から出てきた冴子と沙織と顔を合わせることになってしまう。
「おはよう、香奈」
 沙織が香奈の首すじをかるく撫でる。
 ゾクッとした感じが身体を貫いて、香奈はあわてて大げさなくらいに頭を下げる。
「お、おはようございます」
「食堂でしょう、一緒に行きましょう」
 沙織が香奈に向ける笑顔は、あくまで優しい先輩のものだ。
「はい」
 一緒に歩き出すと、沙織がつい、と冴子の耳に口を寄せた。
 何かひそひそと話している。香奈は2人の一歩後ろを歩きながらその様子を見ている。
 沙織の口唇は今にも冴子の耳に触れそうに近い。 冴子は無表情な合図を沙織に返している。沙織が、ちらっと後ろの香奈を見て、くすり、と笑った。 一瞬で香奈は耳まで赤くなる。2人が昨夜の話をしている、そう思ったのだ。
 食堂でクラスメートと会って、2人とはそこで別れたが、香奈はその日1日を、水の中を浮遊するような、不安定な気分で過ごした。
 いつの間にか授業が終わって、気がついたら自分の部屋に戻ってきていた。
 ずいぶんと時間が経ったようでもあり、また、まるで時が止まってしまっているかのようでもあった。 思考は意味をなさず、水で出来た泡をつかまえるようだった。
 ノックの音に、扉を開けたのは条件反射のようなものだ。
 うすく開いた扉を沙織はすり抜けるようにして、香奈の部屋に入った。
 右手で香奈の首の後ろを固定するように抱き寄せて口唇を奪いながら、左手で扉を閉める。
 沙織に抵抗する様子がないのを確かめて、沙織は香奈をベッドにいざなう。
 香奈を全裸にむいてベッドの前にひざまづかせると、沙織は自らも服を脱いでベッドの端に腰を掛ける。
 香奈は沙織の両ひざの間におとなしく座っている。
 沙織は手をかけて自分の股間に香奈を無理矢理押しつける。
 何の説明もしない。やさしい言葉の一つもない。 香奈はされるがままに舌をからませはじめる。沙織の手が香奈の髪の毛を撫でると、香奈は夢中になって、そこを舐めた。
 沙織に止められると香奈は「?」を表情で示す。 沙織はそれにも応えず、香奈をベッドの上に引き上げると、自分に愛撫を加えることで高まっていた香奈の中心を、指で揉みたてる。
「うっ……」
 指で全体を扱きながら舌をクリトリスに這わせると、香奈は間もなく絶頂に達する。
 沙織は香奈の愛液をすくい取り、指にからめる。そして指で秘肉をやわらかく揉みほぐすように愛撫してやる。
 香奈には沙織が何をしようとしているのかが判った。昨夜、冴子が沙織にしていたことだ。香奈は自ら脚を大きく開いていった。
 ……続く