閉じた時間の中で3
 香奈は、こんなことをするのは初めてだったが、どうすればいいかはすべてゆうべ沙織が教えてくれている。
 沙織は双頭になったバイブレーターをゆっくりと自分の中に押し込んだ。
 沙織の股間から生えたピンク色の男性器官は少々グロテスクだったが、それも沙織の一部だと思えば愛しく、これから自分はその器具に処女を奪われるのだという事実も、相手が沙織だということで、怖さよりもうれしさが先に立っている。
 沙織は香奈の中に進みながら、同時に香奈に激しい嫉妬を覚えていた。
 冴子に今夜香奈を抱くように言われた。きっとこれが済んで部屋に戻ったら沙織は冴子にさんざん抱いてもらえるだろう。
 だが明日には、冴子が香奈を抱くのだ。
 冴子が自分以外の人間を抱く。しかも自分から香奈を冴子に差し出すのだ。不思議な快感にとらえられ沙織は激しく香奈への抽送を繰り返した。
「先……ぱっ」
 沙織を呼ぶと同時に達し、そのまま眠りの中に落ちていく香奈の耳に「香奈は私のものよ」と繰り返し囁いた。
 完全に意識を失った香奈を残し、沙織は冴子の待つ自室に戻る。
「冴子……」
 珍しく沙織は自分から冴子に抱きついて行った。
 口唇を重ね深く舌を差し入れるが、冴子は逃げ回るだけでからめてはこない。
「冴子、愛してる」
 言いながら沙織は乱暴に冴子のシャツをはだけ、ミニスカートのファスナーを下ろした。
 冴子がゆっくりと体勢を逆転し、沙織を組み敷くと、沙織は首を起こして冴子に口づける。
 冴子は沙織の首すじに顔を埋め、手で胸の突起をとらえてもてあそぶ。
「いつもより、感じるんでしょ?」
 沙織の身体を這い降りながら冴子が問う。
「香奈を抱いてきたから? それとも私が明日香奈を抱くのを見れるから?」
 沙織の口から吐息が漏れる。
 嫉妬が催淫剤の代わりになっている。冴子もそれを知っていてわざと沙織を煽るように責める。
「……香奈は感度がいい? どんな声で鳴くの?」
 冴子に手と言葉で責められながら、沙織はやがてうねるような波に呑まれていった。



 香菜は悩んでいた。
 沙織を愛しはじめていることに自分で気付いてしまった。それは背徳の愛を認める事にもなる。
 しかしその沙織は同室の冴子と“そういう関係”なのだ。
 しかも香菜自身、巻き込まれてしまっている。
 何度か、冴子に抱かれたことさえある。沙織が冴子に自分(香菜)をさしだすのだから、香菜は納得できないで悩んでしまうのだ。
「沙織先輩は、わたしを好きだと言ってくれるわ。……でも」
 そこで香菜の思考は止まってしまう。自分に都合の悪いことは考えたくないのだ。つまり沙織がすすんで冴子に抱かれている事実を認めたくないのだ。
 冴子先輩は沙織先輩を愛しているわけではないんだわ。だって、じゃなきゃ、あんなに冷めてるはずがないもの。だいいち、もし、2人が本当に愛し合ってるとしたら、私にかまう必要がないはずよ。
 香菜は自分の中で(見たくないものには目をふさいで)そう結論づけた。



「どうかしたの? こんなところに呼び出すなんて」
 冴子が髪の毛をかきあげながら言う。そんな様子さえも香菜の目には気障ったらしく、嫌みに映った。
 寮の裏手、学校寄りの場所で、この時間帯には誰も通りかかることはない。
「冴子先輩」
 香菜の真っ直ぐな瞳が冴子を見る。
 迷いのない、強い視線。冴子は心のなかで歓声を上げる。
「沙織先輩とヘンなコトするの、やめて欲しいんです」
「へんなこと? なに、それ」
 冴子のくすくす笑いは香菜の神経を刺激する。香菜は眉をしかめた。
「とぼけないでください。愛してないのにあんなことするなんて、ヘンです! もう、やめてください」
 薄く笑いを浮かべて冴子が一歩、香菜に近づく。香菜は後じさりするが、すぐに大きな木にさえぎられてしまう。
「愛? なにそれ? 香菜ちゃんたら、そんな可愛いこと信じてるの?」
 頭ひとつ分背の高い冴子は、香菜を見おろす形で、じっと彼女の眼を見つめた。
香菜も、にらむように冴子を見返している。怒ったような顔が、また可愛い。
「じゃ、なんで私と沙織がセックスしてると思うの?“愛し合ってる”からじゃないのかしら?」
 香菜が冴子をにらむ。
「冴子さんが、無理強いしてるんじゃないですか!?」
「ふふ、沙織がそう言った?」
 香菜の瞳が少しだけ揺れる。
「そ、そういうわけじゃ……」
「いいわ」
 えっ? どういう意味? そんな顔をしていたのだろう、冴子が香菜に説明を加える。
「いいわよって言ったの。沙織と別れても」
 冴子が薄笑いを引っ込める。もちろん、冴子には只で沙織と別れるつもりはない。香菜は単なるゲームのコマなのだから。ゲームメーカーがコマの言うとおり動く必要などないのだ。
「但し。香菜が沙織の代わりになるっていうのなら、だけど?」
 香菜の表情がひきつる。
「なっなんでそんなこと、わたしが……」
 冴子は後輩のそんな表情の変化を楽しんでいる。思い切り悩んでくれた方がいい。考えて、考えて、考えて、でもそれ以外の選択肢が結局はなくて。そういう結論を出してくれるのがいい。
「嫌ならいいの。でも沙織のことはあきらめてね」
 香菜が少しだけ動揺する。
「沙織を私から離したいのなら、自分が私を監視してればいいわ。私は沙織の代わりに可愛い香菜を手にいれる。香菜は大好きな沙織先輩を私から守れる。悪い取引じゃないと思うけど」
 確かに冴子の言うことだけ聞いていればそうかも知れない。でも、沙織先輩を愛している私がどうして冴子さんに抱かれなければいけないの?
「詭弁だわ」
 確かにね。あなたを丸め込むためだけに言ってることだもの。冴子は反応がいいので、つい遊んでしまっている。香菜はそんな冴子にイライラとしはじめている。
「そうかしら? 香菜が言ってることのほうが、自分に都合のいいことばかりだって気付いてるのかしら? 沙織の意志も確かめないで、私には沙織を抱くなの一点張りじゃね。そんなの私にはなんのメリットもないじゃないの」
「メリット? そんなの関係ないです。だって私は沙織先輩を愛してるし」
 ふふ、冴子が嘲笑う。
「だから、よ。沙織を“助け”るために香菜は自分を差し出せるのかしら? それともやっぱり」
 そこで冴子は一拍おいて、香菜の顔を間近に覗き込む。香菜は居心地が悪くてせいいっぱい背中の木に身体を押しつけている。
「やっぱり、沙織よりも自分の方が大切?」
「そんなことない!」
 引っ掛かった。
 冴子は香菜を木に押しつけて強引に口づけた。
 香菜は抵抗するが、沙織を助けなきゃ、という思いでその抵抗は弱いものでしかなかった。
 冴子はさらに舌を差し入れ、右手で首筋をくすぐる。
「じゃあ、沙織の代わりに私のものになるのね?」
 小さく囁くと、香菜の白いオーバーブラウスの下に手を潜らせて、下着の上からもどかしいくらいに弱い刺激を加える。
 徐々に香菜の躰から力が抜けていくのを、冴子は冷めた眼で見ていた。



 沙織は机に向かっている冴子の背中を見ていた。冴子が机に向いていることは決して珍しいことではない。勉強をしていたり、なにかこむずかしい本を読んでいたり。でも、それが二人の間にほとんど会話もない状態が一週間以上も続いている、となれば話は別だ。
 ここのところ、難しそうな外国語の本を読んでいて、冴子は沙織が話しかけても空返事ばかりだ。間がもたず話しかけるのをやめた沙織は、黙って冴子の背中を見つめていた。
 頁をめくる度に肩から肩胛骨にかけて少し動く他は、あまり動きはない。時々首をかたむけて考える仕草をしている。ストレートヘアがさらさらと流れる。そんな小さな動きをじっと見ているのは苦痛ではなかった。
 パタン、音をたてて重いハードカバーの本を閉じると、冴子が振り向いた。
「人の背中を見てるのはおもしろい?」
「そういうわけじゃないけど、冴子の後姿ってきれいだな、と思って……」
 冴子はベッドの縁に座っている沙織の隣に移動して、言った。
「ねえ、ミルクティーが飲みたいな」
 冴子のこういった気まぐれには慣れている沙織は、サイドボードの上のポットのところまで歩いて行ってから、冴子を振り返る。
「アールグレイでいいの?」
「うん」
 沙織がポットのお湯をカップに注ぐのを見ながら、冴子は言った。
「香菜がね、私に沙織をもう抱くなって。1週間ほど前にね。なんでも、私が“ムリヤリ”沙織を抱いてるんだから、大好きな沙織先輩を“助けてあげたい”んだそうよ」
 くすっと冴子は笑う。沙織はカップの中の紅茶の出具合を確かめながら、冴子がなにを考えているのかをうかがった。
「だから、香菜が身代わりになるんなら、沙織と別れてあげるって約束したの」
「えっ?」
 沙織は自分の耳が信じられないといった感じで聞き返す。
「でもね、もちろん、沙織と別れなきゃいけない理由なんかないでしょ? だいいち、沙織の方がそんなの我慢できないわよね?」
 冴子は落ちてくる前髪をうっとうしそうにかきあげながら続ける。
「だからって約束を簡単に破るのもどうかと思うし……だから、この1週間沙織のことかまわなかったのよ」
 言外に、でも1週間もすれば充分でしょう、と言った調子で冴子は沙織を手招きする。
「ミルク、たっぷり入れてね」
「はいはい」
 沙織はそういうことだったのか、と納得し、それから、冴子の気の短さを可愛い、と思ってしまった。
「ところで、なんの本読んでたの? 難しそうな本だったけど……」
「ああ、これ?」
 冴子はニヤリと嗤った。
「ハードポルノ。フランス語だけどね。暇つぶしにはちょうどいいかなって」
 沙織からティーカップを受け取ると、おいしそうに一口飲んで続けた。
「参考になるしね?」
 顎を沙織の肩にのせて、楽しそうにゆらゆらしている。かといって手をだしてくるわけではなく、甘えてるんだわ、と思うと沙織はなんともいえない暖かい気持ちになってくる。
「で、香菜ちゃんを抱いたの?」
 沙織の質問に、冴子は首を振って応える。
「まだ。正確に言うと、その約束をしたときに一度かるくイカセてあげただけ」
「……どうして?」
 香菜を自由にできる約束をしたのなら、日をあけずに抱いて冴子じゃなきゃだめな躰にしてしまえばよかったのに、なぜ?
「別に、沙織に話してからのほうがいいと思ったからよ」
 軽く肩をすくめて冴子が応える。別に大したことじゃないわ、単なる気まぐれよ。そんな言い方をしただけだったが、沙織は小さな子供をあやすように冴子の頭を胸に抱いた。
「ありがと、冴子」
 大好き。言葉にはださないで、心の中だけでつぶやく。
「だから、沙織も、私が最近冷たいとかなんとか、香奈にさりげなく言っておいてね」
 冴子が素直に沙織に抱かれたままで言う。
「大丈夫、うまくやるわ。せっかくの可愛いペットですもん、楽しまなくちゃね」
 軽い口づけ。そして、冴子のシャツのボタンを外していく。沙織はついばむような口づけを乳房に与えながら、時折、起きかけてきた乳首を吸い上げる。ねっとりと舌をからめながら、唾液で光るふくらみをもちあげるようにして揉む。冴子も今日は沙織にまかせる気になったらしく、沙織を組み敷こうとはしない。
沙織は時々冴子の表情を盗み見ながら、愛撫を繰り返す。
あぁ……
冴子の口から吐息がもれる。パンティを脱ぐときには、冴子も腰を浮かせて協力した。
「ふふ、今日の冴子、可愛い。もう、こんな……」
 言って、脱がせたばかりのパンティを沙織は広げてみせた。中心部はぐっしょり濡れている。
「ねぇ、さっき読んでた本にはどんなことが書いてあったの? 教えて? その通りにしてあげる……」
「んっ、……」
 沙織は、冴子の返事を待たずに毛布の中に潜り込んでいる。ひざを軽く立てさせて、ひざの裏やふくらはぎに指を這わせながら、冴子の濡れそぼった秘所に口づける。
 きつく吸うと、冴子の腰が跳ねる。
 冴子がうわずった声で、ポルノ小説の内容を告げると、言葉どおり沙織は冴子の口にするままに愛撫を繰り返す。声に出すことで二人ともより淫靡な気分になっている。
 ようやく始まった淫猥なゲームを思って、2人は激しく抱き合った……

続く